なぜ垂直尾翼が分離したか
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/23 23:25 UTC 版)
「アメリカン航空587便墜落事故」の記事における「なぜ垂直尾翼が分離したか」の解説
先行機との飛行間隔を含めて管制官の指示は適切だった。AA587便が遭遇した2回目の後方乱気流は、それ単独で異常姿勢をもたらすものではなかった。データ解析の結果、垂直尾翼の分離を発端として事故機は操縦不能に陥ったことが判明した。 垂直尾翼は、墜落地点から1.2キロメートル北のジャマイカ湾内で発見・回収された。 A300-600型機の垂直尾翼は、左右3対の接合部によって胴体に固定されている。そして、この接合部および垂直尾翼の一次構造の部材には炭素繊維強化プラスチック (CFRP) が使用されていた。 本事故は複合材料を用いた尾翼が飛行中に分離した初めての事例であったことから、構造の強度や耐久性に疑問が呈された。事故から4日後にはFAAとフランスの民間航空当局が協調し、A300-600型機とエアバスA310型機について垂直尾翼と胴体の接合部および垂直安定板と方向舵の接合部を点検するように、運航者に対して緊急の耐空性改善命令を発行した。 しかし、回収された残骸を調査した結果、尾翼と胴体の固定部には疲労や欠陥の痕跡はなく、過大応力による破壊の特徴が認められた。 CVRやFDRなどの各種データと数値流体力学に基づくコンピュータシミュレーションを用いて事故機の挙動解析が行われた。この解析により、事故機がどう動いたか、どのような操縦入力があったか、そしてどのような空気力荷重が垂直尾翼にかかったのか分析された。 2回目の後方乱気流に遭遇した直後、すなわち垂直尾翼が胴体から分離する7秒前から、左右のラダーペダルがほとんど限度まで繰り返し踏み込まれていた。その結果、横滑り角(ヨー軸まわりの回転を表す角度)が増大し、垂直尾翼に極めて大きい荷重がかかった。垂直尾翼には、尾翼を横に倒すように働く曲げモーメントと、垂直軸回りに回転させるよう働くねじりモーメントが作用する。垂直尾翼には振動的な荷重がかかり、ペダルの踏み替えとともにその振幅が増大した。 航空機を設計する際には、「制限荷重」と「終極荷重」という2つの荷重が設定される。飛行中に予想される最大の荷重を「制限荷重」といい、設計上の不確かさや製造上のばらつきを考慮して制限荷重に安全率(一般には1.5倍)を乗じたものが「終極荷重」である。調査の結果、事故機の垂直尾翼の付け根にかかった荷重は終極荷重を超え、制限荷重のおよそ2倍に達したと推定された。 有限要素法を用いた構造解析が行われ、尾翼と胴体をつなぐ6か所の接合部のうち、まず右後方の構造物が破断したと推定された。続いてほぼ同時に残りの接続部が破壊され、垂直尾翼は分離した。この推定結果は、エアバス社が開発時に実施していた耐久試験の結果と一致していた。さらには、事故機の残骸に残された痕跡および事故後に行われた破壊試験の結果とも合致するものだった。尾翼の性能や破壊の挙動は設計どおりであり、FAAによる認証内容とも整合していた。 大きな荷重が尾翼にかかった原因は、後方乱気流ではなく過剰な方向舵操作にあった。A300-600型機の操縦系統では、ラダーペダルの操作量はリンク機構と索を介して尾部の方向舵に伝達される。また、方向舵操縦系統には、ヨーダンパーやトリム、自動操縦装置の操縦入力を加えるためのアクチュエータが備わっている。各アクチュエータの操作量はラダーペダルにもフィードバックされる。FDRに記録された方向舵の操作パターンは、ヨーダンパーや自動操縦装置からは出力され得ないものだった。 したがって、事故のきっかけとなった方向舵の挙動は、操縦していた副操縦士によるものと結論づけられた。もし尾翼が分離する前にラダーペダルの過剰な操作を副操縦士が止めていれば、機体の安定が回復し事故は防げたと事故調査報告書は述べている。
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