なぜ仏像は作られなかったのか?
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 12:57 UTC 版)
「仏教美術」の記事における「なぜ仏像は作られなかったのか?」の解説
最初期の仏教において、釈迦は人間の形で表されることはなく(不表現、英:aniconism)、仏教のシンボル(英語版)によって描写された。理由については諸説あるが、主なものしては以下のようなものが挙げられる。 仏教以前に主流であったバラモン教が偶像を必要としなかったので、造像の発想自体が無かった。 反偶像主義(英語版) - 釈迦入滅後数百年間は、「眼に見えるもの、手に触れるものは本質と異なる」という考えが主流であったので、釈迦を表現すること自体が忌避された。 涅槃に至った仏陀は超人的な存在と考えられたので、象徴的に表現せざるをえなかった。 三十二相八十種好に特徴を全て再現するのが困難、あるいは再現するとグロテスクなものになるため。 仏陀の可視的な人体表現が忌避されたことで、暗示的な象徴表現はより一段と洗練されていった(説話のシーンにおいて他の人物は人間として描かれていたにも関わらずである)。この傾向は紀元2世紀まで続いた(下図参照)。 紀元前3世紀に石像が登場する以前、木像や金属像があったとの仮説もある。
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