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かあん 【何晏】
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何晏
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/07/01 16:42 UTC 版)
何 晏(か あん、? - 249年)は、中国の後漢末期から三国時代の魏の政治家、学者。字は平叔。黄巾の乱を平定した後漢の大将軍何進の孫。父と子の名は不詳[1][2]。「諸夏侯曹伝」の曹真の伝に付伝されている。
- ^ 何晏は『論語集解』を著しているが、他の学者の説を引用する時は皆本名を書いているのに、苞咸のみ「苞氏」と書く。これについて皇侃『論語義疏』学而篇では、何家の諱(すなわち何晏の父の名)を避けたためだと解説している。これが正しければ何晏の父の名は「何咸」であったことになる。
- ^ また、何晏の子として「何魏」なる人物がいたと紹介されることがあるが、これは『三国志』蜀志「費禕伝」注の殷基の『通語』に記されている「何晏子魏之親甥」という一文を「何晏の子(何)魏」と誤読したものである。確かに何晏に息子はいたが、その名は不詳で「何魏」なる人物は存在しない(この一文は「何晏の子は魏の親甥」と読むべきで、「何晏の子(何)魏」と読んでは「之親甥」の意味が通じなくなる)。
- 1 何晏とは
- 2 何晏の概要
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「何晏」の用例一覧
狩野直喜 孔子と管仲 (青空文庫)
はれし如き非禮の人であつたら、之に對し其仁を許されたことは譯が解らぬ、又た孔子仁を許すの章を以て齊人の加筆に成り、齊論にのみあつたものとするは、面白き見方の樣にも聞ゆれど、是れは全く想像説にして何等の證據なし。如何となれば論語に古論齊論魯論の別ありしことは魏何晏...
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狩野直喜 日本國見在書目録に就いて (青空文庫)
正義を作つた漢魏注家以外の經書も多く傳來して居た。例へば易尚書論語に於て鄭玄の注、又左傳に於て賈逵服虔の注などもある。これは唐でも同じ事で、唐の代では縱ひ正義で易に王弼、尚書に孔安國、論語に何晏、左傳に杜預を取つても、穴勝其他を排斥した譯でない。又大...
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