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りゅうび りう― 【劉備】
(161-223) 中国、三国の蜀漢(しよつかん)の初代皇帝(在位 221-223)。字(あざな)は玄徳、諡(おくりな)は昭烈皇帝、河北の人。前漢景帝の子孫。関羽・張飛らとともに黄巾の乱鎮圧に尽力。諸葛亮(しよかつりよう)の天下三分の計により、呉の孫権と結んで魏(ぎ)の曹操を赤壁で破り、蜀を平定。221年成都で帝位につき国号を漢と号し、諸葛亮を丞相(じようしよう)とし呉・魏と天下を争った。
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劉備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/05 04:30 UTC 版)
劉 備(りゅう び、延熹4年(161年) - 章武3年4月24日(223年6月10日))は、後漢末から三国時代にかけて活躍した武将。- ^ 簡体字での表記:刘备、ピン音:Liú Bèi
- ^ 現代中国語ではXuándé
- ^ 『晋書』「巻百 列伝第七十 王弥伝」では、劉備を「烈祖」と称しているが、これが廟号なのかどうかは断定できない。
- ^ 四分暦(太陰太陽暦)では章武3年4月24日。
- ^ a b 現在の河北省保定市涿州。
- ^ 『三国志』(陳寿)にある「蜀書先主伝」より。裴松之注が引く『典略』では臨邑侯の庶流とある(後述)。
- ^ 劉備の元には皇帝(献帝)は殺害されたとの報が入ったため、後を継ぐ形で即位した。実際には皇帝の生命に別状は無かった。
- ^ 渡辺精一『三国志人物鑑定辞典』では、「膝まで垂れる長い手」は「手を動かせる範囲が広い」≒「多才」と解釈でき、さらに「自分の耳を見ることもできる目」は「細かい所までよく見ることができる」という意味に取れるため、劉備の身体的特徴についての記録は「聡明である」という意味に解釈できる、との説明がされている。
- ^ 潞は露(あらわ)と同音、涿は啄(くち)と同音で、口があらわな人という意味になる。
- ^ 劉備はこのことを根に持ち、皇帝に即位すると過去の罪を挙げて張裕を処刑している。
- ^ 「玄徳」は「明徳」に相対する言葉であり、明徳とは外に表れやすい意識的な仁徳を言い、玄徳とは無意識的にして玄妙無限なる仁徳を指す。この字については、劉備が若い時に教えを受けた盧植が付けたのではないかと、漢学者の安岡正篤は推測している(安岡正篤『十八史略』)。なお、盧植は黄巾の乱を鎮定した武将の一人である。
- ^ 「蜀書」における劉備の伝は「先主伝」とある。また劉備の後を継いだ劉禅は後主とされている。
- ^ 『漢書』「王子侯表」によると陸成侯。「亭侯」は後漢の爵位の制度で、前漢には存在していなかった。引き続き「王子侯表」で劉貞は紀元前127年に侯に封じられたと、記されている(詳しくは劉貞を参照)。
- ^ 『後漢書』には3人の臨邑侯の名が記録されている。一人は建武2年(西暦26年)に真定王劉楊と共に後漢への謀反を起こした劉譲であり、もう一人は建武30年(西暦54年)に臨邑侯に封じられた劉復、いま一人は劉復の子の劉騊駼である。劉譲は劉楊の弟であり、劉楊は前漢の景帝の7代の孫である。劉復は北海靖王劉興の子であり、劉興は光武帝の兄の斉武王・劉縯(伯升)の子である。
- ^ 『漢晋春秋』より。
- ^ 『典略』によると、187年に張純が反乱を起こした。青州刺史は張純討伐を命じた。その討伐軍が平原を通過したとき、劉子平(劉平?)は劉備が武勇に優れていると述べて従事に推薦した。劉備は従軍し、田野で敵軍と戦い負傷し、死んだ真似をした。友人に助けられ脱出した。後に軍功で安熹県の尉になった、と記されている。
- ^ 『英雄記』によると、霊帝の末年に劉備は洛陽にいた。後に曹操とともに沛に行き、兵を募集して集めた。間もなく曹操と董卓討伐に向かった、と記されている。
- ^ 『魏書』より。
- ^ 『英雄記』によれば、一計を案じた劉備は楊奉を誘って会見し、会見の席上で楊奉を謀殺した。韓暹は逃げ出したが、杼秋の守備隊長の張宣に討ち取られ、その首級は劉備に届けられたという。
- ^ 『後漢書』袁術伝
- ^ 『献帝春秋』
- ^ 現在の河南省南陽市新野県。
- ^ 『三国志』「蜀書 先主伝第二」
- ^ 『三国志』「蜀書 龐統伝」
- ^ 季漢補臣賛
- ^ 『三国志』「呉書魯粛伝」
- ^ 華陽国志
- ^ 孫桓伝
- ^ 原文:「弘毅寛厚、知人侍士。蓋高祖之風、英雄之器焉。及其挙国託孤於諸葛亮、而心神無疑貳、誠君臣之至公、古今之盛軌也。機権幹略、不逮魏武、是以基宇亦狭。然折而不撓、終不為人下者、抑揆彼之量必不容己。非唯競利、且以避害云爾」
- ^ ただし、似たような遺言を孫策も張昭にしている。呉書張昭伝の注に引く『呉歴』によれば、「もし仲謀(孫権の字)に仕事に当る能力がないようならば、あなた自身が政権を執ってほしい」と述べている。
- ^ 族譜によると劉永には劉晨という子がいて、劉備の血統を伝えたことになっているが疑わしい。劉晨の系図は外部リンクを参照。
- ^ 劉備の他にも、曹操・孫権・諸葛亮の子孫を名乗る人々が住む村が現在の中国各地に現存し、観光地となっている。
- ^ 『三国志』にはそのような剣があったという記録はない。的盧は『三国志』「先主伝」の注や『先主伝集解』にその名がある。
- ^ 『三国志』「魏書九 曹仁伝」には、曹純が劉備の娘二人を捕らえたとある。
[続きの解説]
「劉備」の続きの解説一覧
- 1 劉備とは
- 2 劉備の概要
- 3 三国志演義の劉備
- 4 妻子・血縁
固有名詞の分類
「劉備」の用例一覧
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