太陽と戦慄
(Larks' Tongues in Aspic から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/06 19:59 UTC 版)
『太陽と戦慄』 『Larks' Tongues in Aspic』 |
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キング・クリムゾン の スタジオ・アルバム | ||||
リリース | ||||
録音 | 1973年1月 コマンド・スタジオ(ロンドン) |
- 2月|||
ジャンル | プログレッシブ・ロック | |||
時間 | ||||
レーベル | ![]() ![]() |
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プロデュース | キング・クリムゾン | |||
専門評論家によるレビュー | ||||
チャート最高順位 | ||||
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キング・クリムゾン アルバム 年表 | ||||
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ミュージックビデオ | ||||
「Larks' Tongues In Aspic Part I」 - YouTube |
『太陽と戦慄』(たいようとせんりつ、Larks' Tongues in Aspic)は、1973年に発表されたキング・クリムゾンのアルバム。原題の直訳は「雲雀の舌のアスピック」となる。全英20位・全米61位を記録。
解説
前作『アイランズ』(1971年)の発表後、リーダーのロバート・フリップ(ギター、メロトロン)は志向する音楽の違いから生じる内紛のゆえに解散を宣言。1972年4月、契約履行のアメリカ・ツアーを終えると1人帰国した。そしてイエスのライブで感銘を受けていたビル・ブルーフォード(ドラム)[† 1]を勧誘し[1]、さらに旧友ジョン・ウェットン(ベース、ヴォーカル)、ジェイミー・ミューア(パーカッション)、デヴィッド・クロス(ヴァイオリン、メロトロン)を集めて新しいキング・クリムゾンを結成した。作詞はウェットンの友人でドイツ在住のリチャード・パーマー・ジェイムスが担当した。
彼等は10月17日に、ブレーメンのビートクラブで初舞台に立ち、帰国後、年内の2か月間に国内の27の都市や町でライブ活動を行なった[2]。1973年1月1日に本作の録音を開始し、3月に発表した。
1969年のデビュー以来、キング・クリムゾンは作品ごとに音楽性を変化させてきたが、本作の表題曲では「静と動」で構成された即興演奏を披露している。その意欲の高さと高度な演奏、前衛的ながらロックの枠からははみ出さない[独自研究?]音楽性は高い評価を獲得し、彼等の代表作の一つに数えられた。「太陽と戦慄 パートII」は現在でも人気レパートリーの一つである。
原題の“Larks' Tongues in Aspic”(「雲雀の舌のゼリー寄せ」)は、ミューアが同題の曲のイメージにたとえた中国の古い宮廷料理の名前[要出典]で、フリップが音の並びが面白いとして曲名に採用した[3][† 2]。ブルーフォードは、“aspic”には毒のイメージ[† 3]、“larks' tongues”には繊細なイメージがあり、言い得て妙だと思った、と当時の感想を述べている。
「トーキング・ドラム」の曲名の由来は、ミューアが演奏するブードゥー・ミュージック系打楽器の名称である。上下2面のドラム皮を互いにひもで張り合わせた形状で、ひもの締めつけかたを変えて音程を自在に操る彼の妙技が披露されている。
本作とライヴではミューアの演奏ぶりが話題となったが、彼は本作発表前の1973年2月10日に行なわれたライヴを最後に、仏教修行の為に脱退した[† 4]。この為、次作『暗黒の世界』は彼抜きの4人で制作された。
2012年、40周年記念としてライヴ音源などを追加した限定盤のボックス・セットが発売された。
収録曲
Side One
- 太陽と戦慄 パートI - Larks' Tongues in Aspic, Part One (13:36)
- Cross, Fripp, Wetton, Bruford, Muir
- 土曜日の本 - Book of Saturday (2:49)
- Fripp, Wetton, Palmer-James
- 放浪者 - Exiles (7:40)
- Cross, Fripp, Palmer-James
Side Two
- イージー・マネー - Easy Money (7:54)
- Fripp, Wetton, Palmer-James
- トーキング・ドラム - The Talking Drum (7:26)
- Cross, Fripp, Wetton, Bruford, Muir
- 太陽と戦慄 パートII - Larks' Tongues in Aspic, Part Two (7:12)
- Fripp
レコーディング・メンバー
- ロバート・フリップ - Guitar, Mellotron & Devices & Electric piano
- ジョン・ウェットン - Vocal, Bass & Piano (3)
- ビル・ブルーフォード - Drums
- デヴィッド・クロス - Violin, Viola, Flute (3)
- ジェイミー・ミューア - Percussions, Drums (1,6)
クレジット
- Engineer: Nick Ryan
- Cover Design by Tantra Designs, London
- Equipment by Kettle, Simmons & Walmsley
- Recorded at Command Studios, London - Jan & Feb 1973
- A King Crimson Production
for E.G. Records (David & Mark) - All songs published by E.G. Music Ltd ©1973
備考
- フリップは映画『エマニエル夫人』(1974年)の劇中で使用されている音楽が「太陽と戦慄パート2」の盗作だとして、公開後かなり時間がたってから訴訟を起こし[4]、最終的には示談で解決した。
- 2007年、「イージー・マネー」が日本でトヨタ・istのCMソングに使われた[5]。
- “太陽と戦慄”は日本盤独自の邦題であり[† 5]、2002年、日本の音楽雑誌「クロスビート」の編集者がフリップにインタビューして本作について問うた際、本作を原題ではなく邦題の英訳で呼んでしまったので、質問が通じなかった。フリップは本作が日本では原題とは無関係な題をつけられていることを知って大変苦い顔をしたという[† 6]。
脚注
注釈
- ^ 1969年にキング・クリムゾンのライブを見て以来、彼等のファンだった。
- ^ アルバム発表以後、何かの暗喩ではないか様々な解釈がなされたが、フリップによると特別な意味は無い。
- ^ aspicには「毒蛇」という古い意味がある。
- ^ 彼から相談を受けていた管理会社のEGマネージメントの首脳部は「けがのために脱退した」と発表したが、後年本人がインタビューで事実ではないと述べている。
- ^ “太陽と戦慄”という邦題の名付け親はワーナー・パイオニア(当時)の担当ディレクターだった外山恵一。タイトルをつけるにあたって、外山は原タイトルは見たものの、何が何だかわからなかったという。最初は四文字熟語や“裕福な豚より貧乏な狼になれ”といった格言の類なのかと思ったが、辞書を引いても“ひばりの舌”や“ゼリーの寄せ集め”といったことしか出てこなかった。これでは原タイトルに忠実に邦題を付けるのは無理だと。例えば『ポセイドンのめざめ』のような、原タイトルよりも“ポセイドンの…”という印象があるくらいの邦題が以前にあり、だからなおさら“ひばりの舌…”ではタイトルにならないと思ったという。外山は「でも、とにかくタイトルとキャッチフレーズと発売日だけは何が何でも死守せよってことで、そのデッドラインが近づいてるしどうしようかなと悩んでいるうちに、モノクロのアートワークが向こうから届いたわけ。それを見て、あれ? ひばりがいない! 太陽と月か、でも『太陽と月』ってタイトルもなんだしなぁ…と。クリムゾンがポップになっているわけないから相変わらずの音はしてるんだろうけど…、ってじーっと見てたら“戦慄”という言葉が浮かんできて、よし、『太陽と戦慄』でいこうってなったんですよ」[6]と、後にインタビューで答えている。
- ^ この時、アルバム“In The Wake Of Poseidon”(1971年)にも原題を誤訳した『ポセイドンのめざめ』という邦題が付けられていることを知られてしまった。
出典
- ^ Smith (2019), pp. 141–142.
- ^ Smith (2019), pp. 151–152.
- ^ Smith (2019), p. 149.
- ^ Smith (2019), p. 171.
- ^ CDjournal.com リサーチ
- ^ レコード・コレクターズ編集部「特集 キング・クリムゾン『太陽と戦慄』 〜日本盤『太陽と戦慄』リリースの舞台裏」『レコード・コレクターズ』第31巻第12号、株式会社ミュージック・マガジン、2012年12月1日、56-57頁、JANコード 4910196371227。
引用文献
- Smith, Sid (2019). In the Court of King Crimson: An Observation over Fifty Years. Panegyric. ISBN 978-1916153004
外部リンク
- Larks' Tongues In Aspic - Discogs (発売一覧)
「Larks' Tongues in Aspic」の例文・使い方・用例・文例
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