ジョーダン・197
(Jordan 197 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/04/17 07:07 UTC 版)
| カテゴリー | F1 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| コンストラクター | ジョーダン | ||||||||
| デザイナー | ゲイリー・アンダーソン | ||||||||
| 先代 | ジョーダン・196 | ||||||||
| 後継 | ジョーダン・198 | ||||||||
| 主要諸元 | |||||||||
| シャシー | カーボンファイバー ハニカム コンポジット | ||||||||
| サスペンション(前) | ダブルウィッシュボーン, プッシュロッド | ||||||||
| サスペンション(後) | ダブルウィッシュボーン, プッシュロッド | ||||||||
| エンジン | プジョー A14 72度 V10, | ||||||||
| トランスミッション | ジョーダン製 縦置き 7速 セミAT | ||||||||
| 燃料 | トタル | ||||||||
| タイヤ | グッドイヤー | ||||||||
| 主要成績 | |||||||||
| チーム | ベンソン&ヘッジス・トタル・ジョーダン・プジョー | ||||||||
| ドライバー | 11. 12. |
||||||||
| コンストラクターズ タイトル |
0 | ||||||||
| ドライバーズタイトル | 0 | ||||||||
| 初戦 | 1997年オーストラリアグランプリ | ||||||||
|
|||||||||
ジョーダン・197 (Jordan 197) はジョーダン・グランプリが1997年のF1世界選手権に投入したフォーミュラ1カー。デザイナーはゲイリー・アンダーソン。
目次 |
概要
ペリスコープ型の楕円形のインダクションポッドが特徴。ジョーダン独自の工夫が見られたサイドポンツーンは一般的なタイプに戻された。搭載3年目となるプジョーエンジンは一線級のパワーを発揮するようになり、高速コースではトップスピードの速さが目立った。
カラーリングはタイトルスポンサーであるタバコブランド,ベンソン&ヘッジスの意向により、196のエレガントなゴールドから鮮やかなイエローに変更された。この色はアイリッシュグリーンに替わるチームのイメージカラーとして定着した。
また、シンプルな配色が多いF1マシンの中では珍しい、戦闘機のノーズアート風のグラフィックが注目された。ノーズコーンを蛇の頭に見立てて、ノーズの左右に目や牙、鱗、舌が描かれた。タバコ広告が規制されているグランプリでは、ロゴの"Benson&Hedges"が"Bitten&Hisses[1]"や"Ssssschuey"(ラルフ車)、"Fisssssssi"(フィジケラ車)に変更されるなど遊び心もあるマシンだった。
1997年シーズン
ドライバーはフォーミュラ・ニッポン王者の新人ラルフ・シューマッハ(21歳)と、前年ミナルディからデビューしたジャンカルロ・フィジケラ(24歳)を起用。2名とも経験不足が不安視され、実際にコース上で同士討ちを演じる場面もあったが、若さの勢いがチームに活気をもたらした。
シューマッハはデビュー3戦目のアルゼンチンGPで初表彰台を獲得。フィジケラも第7戦カナダGPで初表彰台に立つと、第10戦ドイツGPでは予選2位からトップを快走し、ベネトンのゲルハルト・ベルガーと高速バトルを展開した(結果的にはパンクにより11位)。
コンストラクターズランキングは前年と同じ5位だったが、表彰台3回とファステストラップ1回を記録し、翌年に向けて弾みをつけた。
シャーシ
エンジン
成績
| 年 | No. | ドライバー | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | ポイント | ランキング |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| AUS |
BRA |
ARG |
SMR |
MON |
ESP |
CAN |
FRA |
GBR |
GER |
HUN |
BEL |
ITA |
AUT |
LUX |
JPN |
EUR |
|||||
| 1997年 | 11 | Ret | Ret | 3 | Ret | Ret | Ret | Ret | 6 | 5 | 5 | 5 | Ret | Ret | 5 | Ret | 9 | Ret | 33 | 5位 | |
| 12 | Ret | 8 | Ret | 4 | 6 | 9 | 3 | 9 | 7 | 11 | Ret | 2 | 4 | 4 | Ret | 7 | 11 |
脚注
|
||||||||||||||||||||
|
|||||
「Jordan 197」の例文・使い方・用例・文例
- 「生年月日はいつですか」「1970年2月20日です」
- 私は1979年10月22日に東京で生まれました
- 彼は1972年の2月20日生まれです
- 1971年の春に
- 1970 年代初頭以来、独特の皮肉精神を持つRollinsは、近代化によってもたらされた複雑な社会を風刺した、印象的な作品を立て続けに発表している。
- ブラックスプロイテーション映画は1970年代に都会の黒人観客を引き付けるために制作された。
- 1970年代までは額面発行をする企業が多かった。
- 消費生活用製品安全法は1973年に制定された。
- 彼は1970年3月31日に生まれました。
- 1976年に新しい共和国が生まれた.
- 賃金および物価の統制は 1975 年から施行されている.
- 1970年代にウーマンリブが始まった.
- 1978 年の推定ではその地方の人口は約 30 万人とされている.
- 日本でも 1970 年代の始めにミニスカートがはやり出した.
- 沖縄の施政権は 1972 年に返還された.
- 日本は 1974 年以来輸出超過である.
- テンピンズは 1970 年代に大流行した.
- ベルモントの1マイル半の成績は、1973年以来事務局によって維持されている2分24秒である
- 同国は、1975年に通貨を十進制にした
- 女性の中絶の権利は、1970年代に憲法に組み入れられた
- Jordan 197のページへのリンク
