釜ヶ渕堰堤
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文化財としての特徴 | 釜ヶ渕砂防堰堤は高さ29m、長さ79mの昭和17年に竣工した我が国初期の最大のアーチ式砂防堰堤。落水が天然の滝のように見え、石積の堤体は周囲の景観と調和、景観評価が高く上高地のランドマークとして親しまれている。また、その形態や構造、先端的な築造技術はその後アーチ式堰堤や高堰堤の手本になったと考えられる。 |
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釜ヶ渕堰堤
名称: | 釜ヶ渕堰堤 |
ふりがな: | かまがふちえんてい |
登録番号: | 20 - 0107 |
員数(数): | 1 |
員数(単位): | 基 |
構造: | アーチ式コンクリート造堰堤、堤長79m、堤高29m、副堰堤付 |
時代区分: | 昭和前 |
年代: | 昭和17/昭和19増築 |
代表都道府県: | 長野県 |
所在地: | 長野県松本市安曇4460地先 |
登録基準: | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
備考(調査): | 第1副堰堤は昭和19年,第2副堰堤は昭和42年竣工。日本の近代土木遺産 |
施工者: | |
解説文: | 村西部,信濃川水系の梓川に内務省直轄で築かれた石張コンクリート造堰堤。川の狭窄部を利用してアーチ平面で建設された堤長79m,堤高29mの大規模な砂防堰堤で,下流側に副堰堤を設ける。地盤の安定を促し,上高地の渓谷美の回復に寄与している。 |
釜ヶ渕堰堤
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/03 06:22 UTC 版)
釜ヶ渕堰堤 | |
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所在地 | 長野県松本市安曇4460地先 |
位置 | 北緯36度12分51秒 東経137度36分54秒 / 北緯36.21417度 東経137.61500度 |
河川 | 信濃川水系犀川(梓川) |
ダム湖 | - |
ダム諸元 | |
ダム型式 |
アーチ式コンクリートダム (砂防堰堤) |
堤高 | 29.0 m |
堤頂長 | 79.0 m |
堤体積 | - m³ |
流域面積 | - km² |
湛水面積 | - ha |
総貯水容量 | - m³ |
有効貯水容量 | - m³ |
利用目的 | 砂防 |
事業主体 | 国土交通省 |
電気事業者 | - |
発電所名 (認可出力) | - |
施工業者 | - |
着手年/竣工年 | 1936年/1943年 |
備考 | 国の登録有形文化財 |
釜ヶ渕堰堤(かまがふちえんてい)は、長野県松本市安曇(旧南安曇郡安曇村)、信濃川水系犀川の上流部(梓川)に建設されたダム。高さ29メートルの積石アーチ式コンクリート砂防堰堤である。国の登録有形文化財。
概要
1915年、焼岳の噴火による大量の泥流が犀川上流部(梓川)をせき止めてられて大正池が誕生した。この堆積した土砂の流出を防ぎ、上高地の景観と犀川流域の保全を目的に、大正池の河口直下に建設されている。かつては県道沿いに上高地に向かう途中に見ることができたが、県道の崩落事故が度重なったため2005年に新しい釜トンネルに付け替えられ、ほとんど人目に触れることはなくなった。
歴史
1936年(昭和11年)に着工し、1943年(昭和18年)に釜ヶ渕堰堤本体工事が、翌年昭和19年に下流側の本副堰堤工事が竣工した。内部の構造は主に玉石を埋め込んだ粗石コンクリートで、表面は現地の石を加工した築石を用いている。梓川流域ではこの堰堤の着工に先立ち、1932年(昭和7年)に国の直轄砂防工事が始められており、当初は梓川沿いの山腹工や、沢渡周辺の川への小規模な砂防工事が行われた。2002年(平成14年)8月、国の登録有形文化財に登録。
関連項目
外部リンク
- 国土交通省 - 河川局 - 砂防部 - 登録有形文化財に登録された歴史的砂防施設 - 釜ヶ渕堰堤
- 上高地公式Website - 釜ヶ渕堰堤
座標: 北緯36度12分51.15秒 東経137度36分54.11秒 / 北緯36.2142083度 東経137.6150306度
固有名詞の分類
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