運動の中立性をめぐって
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 08:09 UTC 版)
岩間正男参議院議員(当時、日本共産党所属)は1964年10月30日の参議院予算委員会において中国の核実験について「(略)このたびの核実験によって少なくとも次のような大きな変化が起こっております。(略)世界の四分の一の人口を持つ社会主義中国が核保有国になったことは、世界平和のために大きな力となっている。元来、社会主義国の核保有は帝国主義国のそれとは根本的にその性格を異にし、常に戦争に対する平和の力として大きく作用しているのであります。(略)」と発言をしている(出典:国会議事録)。この発言は中立でないとの意見がある。事実、この発言に見られるように、ソ連が核兵器を保有して以降、社会主義国の核兵器を容認している共産党系の執行部に対し、全ての核兵器の廃棄を求める広島市長らを中心とするグループの不信感がつのり、1962年の原水爆禁止世界大会ではついに「全ての核に反対」の文言が基調報告に入れられず以後2年の対立の果てに「核戦争の根源である米帝国主義を日本やアジアから追い出せ」とする共産党系と、「あらゆる国の核実験に反対する幅広い運動を起こせ」とする広島市長、社会党(当時)系に運動は分裂し現在に至っている。 2004年8月6日の広島平和宣言で秋葉市長は「米国の自己中心主義はその極に達しています。国連に代表される法の支配を無視し、核兵器を小型化し日常的に「使う」ための研究を再開しています。」と米国のみを批判している。 この発言も中立でないとの批判意見が産経新聞の社説「主張」に掲載された。だが実際にCTBT発効以降で核保有国でこのような計画の実施を公言しているのは米国のみであり当然との声も中国新聞に掲載された。2005年の広島平和宣言では北朝鮮の核に対して言及したが、日本の国益を考えて北朝鮮の核に対してのみ厳しくせよとの批判をやはり産経の社説で受けた。 北朝鮮が核兵器の製造・所有を宣言後の2006年、そして北朝鮮が核実験を行って以降の2007年、2008年と秋葉広島市長は平和宣言で北朝鮮に言及せずに、2007年の平和宣言では「米国の時代遅れで誤った政策にははっきり「ノー」と言うべき」、2008年の平和宣言では「人類の生存を最優先する(反核である)多数派の声に耳を傾ける米国新大統領が誕生することを期待」と当時のブッシュ政権批判や米国の核問題批判のみ名指しでおこなう姿勢であったため、2009年8月5日の産経「主張」や、また読売新聞社説で秋葉の姿勢は批判された。2009年の8月6日の平和宣言では秋葉は北朝鮮の核に言及した。 2006年8月9日の長崎平和宣言で伊藤一長市長は、逆に全ての核保有国及び保有の疑いのある国の名をあげて核廃棄を求めた。ここでは、核保有7カ国や北朝鮮だけでなく、イスラエル、イランにも言及している。
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