老化と疾患
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/17 05:05 UTC 版)
「長鎖ノンコーディングRNA」の記事における「老化と疾患」の解説
細胞生物学のさまざまな面におけるlncRNAの機能の発見は、それらの疾患における役割に関する研究へとつながった。マルチオミクス(英語版)解析に基づくと、数万ものlncRNAが疾患と関係している可能性がある。いくつかの研究はlncRNAがさまざまな病態に関与していることを示唆しており、神経疾患やがんに関与し協働していることを支持している。 老化や神経疾患の過程においてlncRNAの存在量が変化していることが最初に報告されたのは、アルツハイマー病患者と非アルツハイマー型認知症の患者の死亡直後の組織を用いた研究においてである。この研究では、BC200と呼ばれる、霊長類の脳特異的なAluリピートファミリーの細胞質転写産物に関する解析が行われた。 病態におけるlncRNAの発現異常を同定した関連研究は多くあるものの、それらの病因に対する役割はほとんど理解されていない。腫瘍細胞と正常細胞を比較した発現解析により、いくつかの種類のがんでncRNAの発現に変化が生じていることが明らかにされている。例えば、前立腺腫瘍ではPCGEM1(英語版)(過剰発現している2種類のncRNAのうちの1つ)は増殖とコロニー形成の増加と相関しており、細胞成長の調節に関与していることが示唆されている。MALAT1(NEAT2)はもともと初期段階の非小細胞肺がん(英語版)の転移時にアップレギュレーションされているncRNAとして同定され、患者の生存率の低さに関する初期の予後マーカーとなっている。また、MALAT1のマウスホモログは肝細胞がんで高度に発現していることが示されている。前立腺がんでは、発現が腫瘍の分化度と相関するイントロン性のアンチセンスncRNAも報告されている。がんでは多くのlncRNAで発現異常がみられるものの、それらの機能や腫瘍形成における役割は比較的不明点が多い。例えば、HIS-1(英語版)やBIC(英語版)といったncRNAはがんの発生と成長の制御への関与が示唆されているものの、これらの正常細胞における機能は不明である。がん以外の病態でも、ncRNAの発現は異常を示す。HEAT2やKCNQ1OT1などのlncRNAは心不全や冠動脈疾患などの心血管疾患の患者の血液で増加がみられ、心血管疾患イベントの予測因子となる。PRINS(英語版)の過剰発現は乾癬の感受性と関係しており、乾癬患者の非病変表皮では病変部や健常人の表皮よりもPRINSの発現が上昇している。 ゲノムワイド解析により、超保存領域から転写されるncRNAの多くがヒトのさまざまながんで異なる発現プロファイルを示すことが明らかにされている。慢性リンパ性白血病、大腸がん、肝細胞がんの解析では、これら3種類のがんの全てで正常細胞と比較して超保存ncRNAの発現プロファイルの異常が発見されている。超保存ncRNAの1つに関するさらなる解析からは、大腸がんでアポトーシスを緩和して多数の悪性細胞を増殖し、がん遺伝子のようにふるまっていることが示唆されている。このようにがんにおいて明確な特徴を示す超保存部位の多くは、ゲノムの脆弱部位やがんと関係した領域に存在する。悪性化過程においてこうした超保存ncRNAの発現の異常がみられるのは、それらがヒトの正常な発生過程において重要な機能を果たしているためである可能性が高い。 多くの関連研究において、病態と関係した一塩基多型(SNP)がlncRNAにマッピングされている。例えば、心筋梗塞の感受性座位として同定されたSNPにはMIAT(英語版)と呼ばれるlncRNAがマッピングされている。同様に、ゲノムワイド関連解析により同定された冠動脈疾患と関連した領域にはANRIL(英語版)と呼ばれるlncRNAが含まれている。ANRILはアテローム性動脈硬化の影響を受けた組織や細胞種で発現しており、その発現の変化は冠動脈疾患の高リスクハプロタイプと関連している。 トランスクリプトームの複雑性とその構造に関する我々の理解の進展は、病態と関連した多くの多型の機能的基盤の再解釈につながる可能性がある。特定の病態と関連したSNPの多くはノンコーディング領域に位置し、こうした領域内のノンコーディング転写の複雑なネットワークは多型の機能的影響の解明を特に困難なものにしている。例えば、ZFATのバリアントであるTR-ZFAT(truncated form of ZFAT)の内部とアンチセンス転写産物のプロモーター領域に位置するSNPは、mRNAの安定性を高めるのではなく、アンチセンス転写産物の発現を抑制することでZFATの発現を上昇させている。 lncRNAの誤った発現は臨床的意義を持つタンパク質コーディング遺伝子の調節不全をもたらし、疾患に寄与する可能性がある。アルツハイマー病の病理に重要なBACE1遺伝子の発現を調節するアンチセンスlncRNAは、アルツハイマー病患者の脳のいくつかの領域で発現が上昇している。また、ncRNAの発現の変化は遺伝子発現に影響を与えるエピジェネティックな変化を媒介し、疾患の病理に寄与する可能性もある。遺伝的変異によるアンチセンス転写産物の誘導はセンス遺伝子のDNAメチル化とサイレンシングをもたらし、βサラセミア(英語版)を引き起こす。 病理学的過程を媒介する役割に加えて、lncRNAはワクチン接種に対する免疫応答にも関与しており、このことはインフルエンザワクチンや黄熱ワクチンで示されている。
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