流加培養が有利な場合
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/05 06:20 UTC 版)
一般的に言って、ある培地成分の濃度の大小が生産性や収量に著しく影響されるような場合には流加発酵が従来の回分発酵より有利である。そのような場合としては、次の7つの場合が挙げられる。 3.1 高密度培養(高菌体濃度培養) 1L当たり50〜150 g乾燥菌体程度の高菌体濃度(高密度)を達成しようとする時、それに必要な栄養素を一度に仕込めば高濃度となり、たとえ通常は基質阻害を起こさないと考えられているような基質でも浸透圧効果と高濃度阻害のため、菌は増殖しない。よって、ほとんど総ての栄養源を過不足なく流加し続ける以外に方策はない。組換え大腸菌の高密度培養については、多くの研究がなされた。 3.2 高濃度基質阻害のある場合 メタノール、エタノール、酢酸、芳香族化合物など、比較的低い濃度でも増殖阻害を起こす基質の場合は、基質を流加することにより、誘導期の短縮と増殖阻害の軽減が期待できる。 3.3 クラブトリー効果の存在する場合 クラブトリー効果 (Krabtree effect) とは、酵母(主としてパン酵母)の培養において、糖濃度が高くなりすぎると、たとえ溶存酸素(DO)が十分存在していても、糖からエチルアルコール(および少量のグリセリンと酢酸)が生成し、それだけ菌体の対糖収率が低下する現象である。グルコース効果 (glucose effect) とも呼ばれる。大腸菌や枯草菌などの細菌の好気培養においても、糖濃度が高いと、酢酸、乳酸、蟻酸などの有機酸が副生し、増殖阻害を起こしたり代謝活性に悪影響を与える。これを細菌クラブトリー効果 (bacterial Krabtree effect) と呼ぶ。ゆえに、酵母の対糖収率低下をきたさない程度に糖濃度を低く抑える必要があり、そのためパン酵母生産では流加培養法が常用されている。また、遺伝子組換え大腸菌も酢酸などの有機酸の生成を抑えるために、流加培養法が適用されている。 3.4 異化物抑制を受ける場合 グルコースのように容易に資化される炭素源で微生物を回分的に増殖させると、ある種の酵素、とくに異化代謝に関係する酵素(群)の生合成は抑制させる。この効果は異化物抑制 (catabolite repression) と呼ばれる。そのような酵素生合成の抑制効果に打ち勝つ1つの強力な手段が流加法であり、これによって、糖濃度を低下させ、増殖を抑え、酵素生成は脱抑制される。また、ペニシリンなどの抗生物質の生合成代謝にも異化物抑制効果がみられ、流加法は収量の向上をもたらす。 3.5 栄養要求変異株を用いる発酵 栄養要求変異株 (auxotroph mutant) を用いる発酵では、要求される物質を過剰に加えると菌体増殖のみか起こって、目的代謝産物の生成は少ない。一方、非常に不足の場合も菌体増殖は抑えられ、その微生物による代謝産物の生成は少ない。したがって、その中間に最適濃度があるはずであり、それを達成するために流加発酵が実施されている。例えば、L-グルタミン酸発酵に用いられるコリネ菌 (Corynebacterium glutamicum) のホモセリン要求株をL-ホモセリン、あるいはL-スレオニンとL-メチオニンを制限して培養する(栄養要求物質を生育に必用な量よりも少なく与えて培養する)ことにより、著量のL-リジンが培地中に蓄積する。絶えず制限して培養するために、栄養要求物質は流加される。 3.6 抑制性プロモーターを持つ遺伝子の発現制御 組替え微生物による異種タンパク質生産に影響する因子は多数存在するが、遺伝子の分子構造上の因子のうち、特に重要なのはプロモーターの種類と強さである。プロモーターはその発現様式から、構成的 (constitutive) なものと調節性 (regulable) なものに大別され、後者はさらに誘導性 (inducible) なものと抑制性 (repressible) なものとに細分される。抑制性プロモーターでは、培地中にある化合物が存在すると、その化合物(もしくはその代謝産物)がコリプレッサーとしてアポリプレッサーと結合しホロレプレッサーとなり、これが遺伝子上流のオペレーターに結合して転写ができなくなる。しかし、通常その化合物は菌の増殖には必須である。よって、遺伝子発現に好適な非常に低い濃度に保ちつつ培養する。そのため、その化合物は流加される。trp(トリプトファン)やphoA(リン酸塩)などがその例である。 3.7 反応時間の延長、水分損失の補填、培養液粘度の低下 目的代謝産物の生成が指数期から減速期にかけて顕著である場合、この期間を引き延ばし1回当たりの生産量を増大させることが可能である。長時間、好気培養を続けると、排気ガスによって、培養液量が減少することがある。また、目的代謝産物が多糖類などの場合は、培養液の粘度が異常に高くなって、発酵の続行が難しいこともある。これらの問題を解決するために、時として、流加法が適用される。
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