忍路丸とは? わかりやすく解説

おしょろ丸

(忍路丸 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/01 14:09 UTC 版)

おしょろ丸(忍路丸)は北海道大学水産学部の附属練習船である。2017年現在は、2014年7月に就役した5代目が運航されている。




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忍路丸

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おしょろ丸」の記事における「忍路丸」の解説

忍路丸は1907年明治40年4月開設され札幌農学校水産学科初代練習船として、三重県大湊町市川造船所建造され木造帆船である。工費14,473円。船名遠藤吉三郎教授発案で、佐藤昌介学長によって命名された。 2本マストフォアマスト横帆を持つトップスルスクーナーとして建造されたが、翌年にはブリガンティン改装され1913年大正2年3月にはスウェーデンボリンダー=ムンクテル社製の補助機関63馬力)を増設した。1909年明治42年2月竣工当初忍路臨海実習所が設置され小樽市忍路湾に錨泊していたが、後に定繋港小樽港移している。なお、忍路丸が就役した1909年明治42年2月時点では東北帝国大学農科大学水産学科改称されている。 1926年大正15年10月までの17年間で26次にわたって日本近海およびオホーツク海練習航海実施、総航程92,600kmを航海し200名が乗船した退役後は少年団日本連盟練習船義勇和爾丸(ぎゆうわにまる)となり、1934年昭和9年)には東南アジア方面への遠洋航海行っている。1938年昭和13年3月三重県大王崎座礁修理後海運会社所有となり、貨物船海勢丸として運航されていたが、1944年昭和19年)に空襲により炎上した

※この「忍路丸」の解説は、「おしょろ丸」の解説の一部です。
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