市原市立湿津小学校とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 市原市立湿津小学校の意味・解説 

市原市立湿津小学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/16 23:38 UTC 版)

市原市立湿津小学校
北緯35度29分54.19秒 東経140度10分48.32秒 / 北緯35.4983861度 東経140.1800889度 / 35.4983861; 140.1800889座標: 北緯35度29分54.19秒 東経140度10分48.32秒 / 北緯35.4983861度 東経140.1800889度 / 35.4983861; 140.1800889
国公私立の別 公立学校
設置者 市原市
設立年月日 1903年明治36年)
共学・別学 男女共学
学期 2学期制
学校コード B112210004486
校地面積 19,256m2
校舎面積 4,543m2
所在地 290-0171
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示

市原市立湿津小学校(いちはらしりつ うるつしょうがっこう)は、千葉県市原市潤井戸にある公立小学校[1]文部科学省学校コードはB112210004486、旧学校調査番号は121066[2]

概要

市原市北東部の市津地区に位置する[1]明治時代後半に創立した比較的歴史の長い小学校で[3][4]、2023年で開校120周年を迎えた[1][5]第2次ベビーブーム終息以降は児童数が減少傾向にあったが、うるいど南の開発が進んだことから再び増加傾向となり、その増加率は市内トップの勢いである[3][4]

通学区域が広大であるため、最大約35%の児童が一般路線バスを利用して通学している[4]

沿革

概歴

学校教育法施行前

1874年明治7年)に、横峰小学校、葉木小学校、古都辺小学校の3校が開校した[3][6]。その後これらは再編され、徳潤尋常小学校、薫風尋常小学校、陶成尋常高等小学校となる[4][6]1903年明治36年)にこれらが合併して、湿津尋常高等小学校となった[3][6]1915年大正4年)には新校舎が新築されたほか、小田部分教場が設置される[3][6]。しかし、その新築されたばかりの校舎は1917年(大正6年)9月の台風により倒壊してしまった[4]。それらの再建は1920年(大正9年)まで待つこととなる[4]1941年昭和16年)に国民学校令が公布されると、湿津国民学校に改称した[4]

学校教育法施行後

戦後、1947年(昭和22年)の学校教育法施行に伴い湿津村立湿津小学校に改称した[3][4]。その後、1955年昭和30年)の村合併により市津村立湿津小学校となり、1961年(昭和36年)には町制施行によって市津町立湿津小学校となる[3][4]。1963年(昭和38年)には再度の町村合併により現校名の市原市立湿津小学校となった[3]。1982年(昭和37年)には児童数が過去最高の978名(25学級)に達した[4]。以降、児童の減少が進み、2010年(平成22年)に過去最低の230名となったものの、うるいど南の開発が進行したことから再び増加傾向にあり、近年は児童数が500名を超える規模となっている[4]

年表

  • 1874年(明治7年)- 横峰小学校、葉木小学校、古都辺小学校が開校[3][4][6]
  • 1882年(明治15年)5月 - 古都辺小学校が陶成尋常小学校に改称[3][4][6]
  • 1891年(明治24年)4月 - 横峰小学校が徳潤尋常小学校に改称[3][4][6]
  • 1893年(明治26年)12月 - 葉木小学校が薫風尋常小学校に改称[3][4][6]
  • 1903年(明治36年)8月 - 湿津尋常高等小学校として開校[3][6]
  • 1915年(大正4年)6月1日 - 新校舎および小田部分教場が新築[3]
  • 1917年(大正6年)9月30日 - 台風により校舎が倒壊[3]
  • 1920年(大正9年)5月9日 - 倒壊校舎の再建が行われ、完成[3]
  • 1929年(昭和4年)11月6日 - 校舎増築[3]
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 湿津村国民学校に改称[3][4]
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 湿津村立湿津小学校に改称[3][4]
  • 1955年(昭和30年)2月11日 - 市津村立湿津小学校に改称[3][4]
  • 1958年(昭和33年)8月20日 - 現所在地に移転[3][4]
  • 1961年(昭和36年)4月1日 - 市津町立湿津小学校に改称[3][4]。校歌を制定[3][4]
  • 1963年(昭和38年)5月1日 - 市原市立湿津小学校に改称[3][4]
  • 1967年(昭和42年)9月20日 - 旧校舎の取り壊しを開始[3][4]
  • 1968年(昭和43年)
    • 3月30日 - 新校舎の第1期工事が完了[3][4]
    • 9月1日 - 小田部分校が本校に統合され廃校[3][4]
  • 2002年(平成14年) - 次年度の創立100周年を記念して、敷地内に校歌碑、および旧校舎跡地に標柱を設置した[3][4]

校則

校章

校歌

  • 作詞:杉田輝一[4]
  • 作曲:松平朗[4]

施設

敷地

敷地の詳細は以下の通りである[7]

所在地 〒290-0171 千葉県市原市潤井戸2299番地14
所有者 市原市
敷地面積 19,256m2
用途地域 なし
指定建蔽率 60%
指定容積率 100%
取得価格 729,345,000円

建物

敷地内に存在する建物は以下の通りである[7][8]

棟番号 棟名称 構造 階数 延床面積 建築年 耐震 Is値 備考
001 校舎-1 RC造 地上3階建て 1,728.00m2 1976年 旧基準 耐震化工事済 0.72
002 校舎-4 RC造 地上3階建て 842.00m2 1981年 旧基準 耐震性あり 0.71 [注釈 1]
003 体育館 RC造 地上2階建て 747.00m2 1974年 旧基準 耐震化工事済 0.78
004 校舎-2 RC造 地上2階建て 713.00m2 1968年 旧基準 耐震性あり 0.73
005 校舎-6 S造 地上1階建て 325.00m2 1981年 旧基準 耐震性あり 1.24
006 校舎-4 RC造 地上3階建て 260.00m2 1976年 旧基準 耐震性あり 0.96
007 校舎-5 RC造 地上2階建て 174.00m2 1976年 旧基準 耐震性あり 1.00
008 校舎-2 RC造 地上2階建て 167.00m2 1968年 旧基準 耐震性あり 0.79
009 校舎-3 S造 地上1階建て 103.00m2 1965年 旧基準 不明 不明 [注釈 2]
010 便所・校舎-7 RC造 地上2階建て 86.00m2 1968年 旧基準 耐震性あり 0.89
011 倉庫・物置 木造 地上1階建て 76.00m2 1981年 旧基準 - -
012 校舎-7 S造 地上1階建て 60.00m2 1985年 新基準 不明 不明 [注釈 2]
013 調理室・校舎-1 RC造 地上3階建て 35.00m2 1968年 旧基準 耐震化済 不明 [注釈 3]
014 倉庫・物置 木造 地上1階建て 26.00m2 1981年 旧基準 - -
015 校舎-3 S造 地上1階建て 21.00m2 1975年 旧基準 不明 不明 [注釈 2]
016 倉庫・物置 木造 地上1階建て 20.00m2 1970年 旧基準 - -
017 調理室・校舎-3 S造 地上1階建て 17.00m2 1982年 新基準 不明 不明 [注釈 2]
018 校舎-3 S造 地上1階建て 12.00m2 1975年 旧基準 不明 不明 [注釈 2]
019 便所 RC造 地上1階建て 10.00m2 2002年 新基準 不明 不明

併設施設

規模

2022年(令和4年)4月1日現在の学校規模は以下の通りである[注釈 4][9][10]

児童数 529名
学級数 20学級
通学区域面積 25.414km2
通学区域人口 8,542人

諸活動

児童会活動

部活動

年間行事

通学区域

以下の町丁字とその範囲を通学区域に指定している[11]

通学区域内施設

通学区域内の主な施設は以下の通りである。

中学校区

隣接小学校区

アクセス

出身有名人

脚注

注釈

  1. ^ 公共施設カルテには「新耐震」と記載してあるが[7]、耐震化一覧表には「旧基準」と記載してある[8]。建築年から考えると着工は新基準になる前であることから、ここでは「旧基準」と記載する。
  2. ^ a b c d e 耐震化表への記載なしのため、現在使用停止中もしくは撤去済か(同事例:市原市立青葉台小学校 - 棟番号004)[7][8]
  3. ^ 耐震化一覧表では建築年が異なる棟番号001と同じ扱いとなっている[7][8]
  4. ^ 児童数には特別支援教育を受けている者も含む。学級数には特別支援学級も含む。

出典

  1. ^ a b c 湿津小学校基本情報”. 市原市 公式ホームページ. 市原市. 2023年1月1日閲覧。
  2. ^ 市原市立湿津小学校の学校コード”. 学校コード検索. 文部科学省. 2023年1月7日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab 学校の歴史”. 2015年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年8月9日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab 市原市立湿津小学校. “湿津小学校沿革”. 市原市 公式ホームページ. 市原市. 2021年2月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年2月7日閲覧。
  5. ^ “一歩ずつ夢かたちに 書家の飯高さん 卒業生に色紙贈る 市原・湿津小120周年と門出祝う”. 千葉日報社. (2023年3月9日). https://www.chibanippo.co.jp/news/local/1035978 2024年1月16日閲覧。 
  6. ^ a b c d e f g h i 市原郡教育会 編『市原郡誌』市原郡、1916年。 
  7. ^ a b c d e 市原市公共施設カルテ 学校教育施設”. 市原市. 2022年8月25日閲覧。
  8. ^ a b c d 市原市学校耐震化情報一覧表”. 市原市. 2023年1月1日閲覧。
  9. ^ 令和4年度市原市教育要覧”. 市原市. pp. 23 - 52. 2022年9月1日閲覧。
  10. ^ 防災アセスメント調査及び防災地区別カルテ作成業務『市原市地区防災カルテ』市原市、2009年3月1日。 
  11. ^ 通学区域一覧”. 市原市 公式ホームページ. 市原市. 2023年1月3日閲覧。
  12. ^ “「最高のニャー」五輪で 市原市出身 猫さんカンボジア代表に”. 千葉日報オンライン (千葉日報社). (2016年6月4日). https://www.chibanippo.co.jp/news/national/328131 2024年1月14日閲覧。 

関連項目


市原市立湿津小学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 03:38 UTC 版)

市原市の小学校一覧」の記事における「市原市立湿津小学校」の解説

1874年明治7年)、横峰小学校葉木小学校古都辺小学校の3校が開校される1903年明治36年)、徳潤尋常小学校薫風尋常小学校の2小学校陶成尋常高等小学校合併、湿津尋常高等小学校改称されるその後改称歴1941年昭和16年)に湿津村国民学校戦後1947年昭和22年)に湿津村立湿津小学校1955年昭和30年)に市津村立湿津小学校続き1963年昭和38年)に現校名の市原市立湿津小学校に改称、現在に至る。 校舎1915年大正4年)に当時新校舎および小田部分教場小田部分校)が新築されているが、これは翌々年1917年大正6年9月発生した大暴風により新築校舎倒壊する被害受けた1920年大正9年)に倒壊校舎再建が行われている。1958年昭和33年)に現所在地移転し1967年昭和42年)には旧校舎は取り壊された。 1915年大正4年分校した小田部分校1968年昭和43年)に本校統合され廃校している。 2002年平成14年)に創立100周年迎え敷地内校歌碑、および旧校跡地標柱設置した市原市東部市津地区属し学区旧市津村範囲12大字からなっている。通学児童最大数は1982年昭和57年)の25学級978名がピークで、以降減少傾向にある。 通学区域 久々津潤井戸下野喜多犬成大作滝口勝間葉木小田部荻作神崎うるいど南1 - 7丁目

※この「市原市立湿津小学校」の解説は、「市原市の小学校一覧」の解説の一部です。
「市原市立湿津小学校」を含む「市原市の小学校一覧」の記事については、「市原市の小学校一覧」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「市原市立湿津小学校」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「市原市立湿津小学校」の関連用語

市原市立湿津小学校のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



市原市立湿津小学校のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの市原市立湿津小学校 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの市原市の小学校一覧 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS