妖怪の猿神
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 03:14 UTC 版)
中世の日本の説話集『今昔物語集』『宇治拾遺物語』などには、猿神は人間に害を為す妖怪として登場しており、中でも『今昔物語集』巻26「美作國神依猟師謀止生贄語」がよく知られている。 美作国(現・岡山県)の中山の神である大ザルは年に一度、人間たちに女性の生贄を求めていた。ある年に中山近くの少女が生贄に指定され、家族が嘆いていると、そこへ訪れた若い猟師が事情を聞き、少女の身代りとなってサル退治の訓練を施した犬とともに櫃に入り、生贄に差し出された。やがて身長7,8尺(約2メートル以上)の大ザルが100匹ほどのサルを引き連れて現れたので、猟師は櫃から飛び出してサルたちを次々に倒した。残るは大ザルのみとなったが、1人の宮司に猿神が憑き、二度と生贄を求めないとして許しを請うたので、猟師は大ザルを逃がした。以来、生贄が求められることはなくなったという。 動物神としての性格を失った後の猿神は、人間から軽侮される傾向にあり、それをよく表す話に室町時代の御伽草子『藤袋の草子』がある。 近江国(現・滋賀県)で老人が畑を耕しつつ「サルでもいいから、仕事を手伝ってくれた者を自分の婿にしよう」と呟くと、大ザルが現れて畑仕事を手伝い、約束を守るよう念を押して立ち去った。翌日、大ザルは老人の娘を奪って山へ連れて行った。大ザルが娘を藤袋に閉じ込め、その場を離れた隙に、老人に助けを求められた貴族が娘を救い、代わりに袋に犬を入れておいた。そうと知らずに戻って来た大ザルは、犬に噛み殺されてしまった。 これらの他にも日本各地に猿神退治の伝説があるが、内容は同様に、サルが人間の女性を生贄を求め、通りすがりの猟師や僧侶が身代りとなって退治するというものである。これらの説話は、同様に生贄を求めた末に退治されたというヤマタノオロチの神話を彷彿させるが、『今昔物語集』の猿神もヤマタノオロチも、神と巫女との結婚儀礼をもとにして生まれたものと考えられている。また、これらのように猿神退治の説話には必ずといって良いほど犬が登場することも特徴である。退治話の犬に固有の名前がついていることも多く、長野県の光前寺に伝わる霊犬・早太郎も狒々退治の伝説として知られている。 享保時代の怪談集『太平百物語』では、猿神退治の説話が怪談風に脚色されている。 能登国(現・石川県北部)で、ある武士が化物屋敷といわれる屋敷に入り、夜遅くに厠に入ると、何者かが尻を撫でてきた。武士がこれを捕まえて引きずり出し、組み合った末に刺し殺すと、それは年老いたサルであり、屋敷の裏にはサルに食い殺された多くの人骨があった。 このサルには人を食べるという獰猛な性格に加え、尻を撫でるという滑稽な面があるが、サルはもともと人間に似ているにもかかわらず人間ほど進化していない動物のため、サルを小馬鹿にしたり、道化と見なす感情が人々の中に生まれたものと見られている。 また岡山県備前地方や徳島県那賀郡木頭地方では、猿神は憑き物とされる。これに憑かれた人間は暴れ出すといい、その害は犬神よりも大きいという。
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