北米・中南米
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/30 08:28 UTC 版)
「歴史問題における謝罪」の記事における「北米・中南米」の解説
1988年「日系米人の強制収容」アメリカのロナルド・レーガン大統領は「市民の自由法」に署名し謝罪。1人当たり2万ドルの損害賠償を行う。 1993年「ハワイ王国の武力制圧」ビル・クリントン大統領が「ハワイ王国の転覆とハワイ先住民の自決権はく奪」について謝罪。 1997年5月、「タスキギー梅毒実験」。ビル・クリントン大統領は、「国を代表して言うべき時がきた アメリカ政府がやったことは恥ずべき行為」と謝罪。 1998年「ルワンダ虐殺」クリントン大統領は、米国が虐殺阻止の行動をとらなかったことを謝罪。 2005年4月18日「奴隷制度」ブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領は、セネガルのゴレ島にある「奴隷館」を訪れ、「16、17、18世紀に起きたことに対する責任は私にはない。しかし私は、黒人に対する仕打ちについて許しを請う」と謝罪。 2008年6月11日「カナダの寄宿学校強制入学」スティーブン・ハーパー首相は、同化政策の一環として先住民15万人を寄宿学校に強制的に入学させたことについて、「先住民の文化、遺産、言語を修復しがたく大きく損なったことを認める」「カナダ史における悲しみの1章」だと謝罪。 2008年7月29日「奴隷制と人種差別政策」米下院は奴隷制とアフリカ系米国人に対する人種差別政策について「根本的に不当、残虐、野蛮、非人間的」であったと謝罪する決議を採択。 2010年10月「米政府がグアテマラで実施した性病人体実験(1940年代後半)」バラク・オバマ大統領がグアテマラのアルバロ・コロン大統領に電話で謝罪。 2011年10月6日「中国人排斥法(19世紀末~20世紀初)」米上院、中国人を差別する法律に対して謝罪する法案を全会一致で可決。 2012年6月18日「中国人排斥法(19世紀末~20世紀初)」米下院、中国人を差別する法律に対して謝罪する法案を全会一致で可決。 2013年10月10日「第二次世界大戦中や戦後に起きた日系ブラジル人への迫害」ブラジル軍事政権下での人道犯罪を調べるジルマ・ルセフ政権の「真実委員会」が謝罪、同委員会専属のロサ・カルドソ弁護士は「ブラジル国民を代表して謝罪するだけでなく、許しを請いたい。(迫害の)背景には人種差別があった」と語った。 2016年5月18日「インド人を乗せた『駒形丸』入国拒否事件」カナダのジャスティン・トルドー首相が、「カナダ政府を代表し駒形丸事件を謝罪する。100年以上前のことだが、ひどい不正が行われた」「乗客が経験した痛みや苦しみはどんな言葉をかけても消えることはない」と謝罪。 2019年6月18日「ゴールドラッシュでの先住民虐殺」アメリカ・カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事が、「カリフォルニアは暗い歴史を清算しなければならない」と先住民のリーダーに謝罪。迫害の実態を調べる委員会を立ち上げ、報告することを明言する。 2021年2月19日「日系アメリカ人強制収容」ジョー・バイデン大統領は声明で、過去の米政府による公式謝罪を改めて確認し、「米国史で最も恥ずべき時期の一つだった」と指摘。 2021年5月4日「先住民マヤ人に対する迫害」メキシコのアンドレアス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領は、「3世紀にわたる植民地時代と2世紀にわたるメキシコの歴史において、個人や国家、外国政府がマヤ人に行ってきたひどい虐待を心から謝罪する」と述べる。 2021年5月17日「トレオンの虐殺(1911年)」ロペス・オブラドール大統領は、北部トレオンで中国人300人以上が反政府の革命軍によって殺害された事件について、中国側に公式に謝罪。 2022年4月16日「中国人排斥事件」(1880年)」米コロラド州デンバー市のマイケル・ハンコック市長が公告に署名し謝罪。これにより、デンバー市は、米国で中国人排斥の歴史について謝罪した5番目の都市、カリフォルニア州以外では最初の都市となる。
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