准尉制度とは? わかりやすく解説

准尉制度

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/09 00:11 UTC 版)

陸軍少尉候補者」の記事における「准尉制度」の解説

1917年大正6年8月陸軍平時編制改正軍令陸乙第7号)による歩兵科中心とした大尉上の定数増と中尉少尉減員とともに陸軍補充令中改正勅令97号)、陸軍武官官等表中改正勅令95号)により、今までなかった准尉という階級新設した。この准尉1937年昭和12年2月特務曹長階級名改めた准士官のことではなく特務曹長の上位となる士官のことである。士官准尉設けた制度の間は陸軍特務曹長准尉併存した。准尉各兵科のみの階級で、経理部衛生部など各部には置かれなかった。 准尉制度制定理由書には「士官学校出身者ノミヲ以テ中少尉平時要員充足セシムントスル現制ハ(中略大尉以上ノ各級将校ノ数ニ比シ中少尉ノ数著シクキカ為其ノ進級大ニ停滞シ(後略)」と、現状人事諸問題がまず最初に書かれ次に「隊内ニ於ケル少尉定員ヲ減シ下士出身者ヲ以テ之ヲ補フ(中略近時国軍兵力増大ト共ニ戦時下将校一部要員充当スヘキ下士出身者ヲシテ平時ヨリ其ノ勤務演練セシメ国軍ヲシテ益々精鋭ナラシムルヲ得ヘシ」と、下士官出身者昇級させる利点挙げている。しかしながら理由書ではさらに陸軍士官学校出身者との学識格差や、兵から何年もかけ順を追って昇級してくるがゆえの年齢差のため、下士官出身者少尉とすることは将校団にとって「動(ヤヤ)モスレハ其ノ品位団結トヲ傷フ」との差別視から、特に准尉という階級新設となったのである現役准尉なるには実役停年2年上の現役特務曹長の中から「体格強健人格成績共ニ優秀且学識アル者」が試験を受け、選抜された者が准尉候補者とされた。准尉候補者陸軍士官学校士官候補生生徒とは異な課程学生として軍制・戦術・兵器築城交通地形剣術体操馬術歩兵は除く)・現地戦術・測図について6月中旬より10月上旬まで約4か間の教育を受け、修業試験及第する原隊戻って士官勤務しながらさらに教育受けたのち、適格判断されれば特務曹長から准尉任官した准尉陸軍武官官等表では少尉併記され中隊附の中尉または少尉同様の勤務をするが、平時少尉下位置かれ戦時には必要に応じ中尉または少尉進級させることができると定められていた。それは裏返せば戦時でもないかぎり准尉それより上の階級進めないことを意味し上級将校ポストは数を少く絞った士官候補生出身者の中だけで選考することができる。さらに中尉少尉現役定限年齢45歳に対して准尉42歳低く階級章少尉3本金線五芒星で表すのに対し准尉星型は丸い座金の上配置するデザインであった。また陸軍補充令の中だけでも「士官准尉ヲ除ク)」「士官ニシテ准尉ニ非サル者」といった記述見られ准尉あくまでも限定的な士官といえるこのように准尉制度では准士官から進級した准尉士官候補生出身将校には溝が残ったままであったが、1920年大正9年8月陸軍武官官等改正勅令241号)で准尉階級なくなり従来准尉同年8月10日付で少尉任じられて、制度3年終わったその間陸軍士官学校において学生教育を受け、准尉任じられた者は第1期286名、第2期287名、第3期204であった

※この「准尉制度」の解説は、「陸軍少尉候補者」の解説の一部です。
「准尉制度」を含む「陸軍少尉候補者」の記事については、「陸軍少尉候補者」の概要を参照ください。

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