先行作品からの影響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/20 01:07 UTC 版)
「カルロス4世の家族」の記事における「先行作品からの影響」の解説
北方の諸国とは異なり、スペインでは集団肖像画はさほど制作されていなかった。宗教画の分野では、作品の制作に資金を提供した人々を描き入れるという前例があった。この分野の、より複雑な構成を持つ作品としては、エル・グレコによる『オルガス伯の埋葬 (El entierro del conde de Orgaz)』や、クラウディオ・コエーリョ(スペイン語版)の『カルロス2世による聖体礼拝 (Adoración de la Sagrada Forma por Carlos II)』があった。しかし、より厳密な意味で、王室の肖像画と考えることができた唯一の前例は、カルロス4世の家族の正しく直接の先祖を描いていたベラスケスによる『ラス・メニーナス』であった。 ヴァン・ローによる『フェリペ5世の家族』は、スペインのボルボン朝宮廷における集団肖像画の手本となった。作品に描き込まれた素晴らしい彫刻、壮麗な家具、王室の人々の理想化された態度は際立っているが、それは、王室の存在を正当化し、彼らを血統と美しさの理想に近づけるためである。ゴヤは、こうした特性をすべて捨て、より人間的な方法で国王を描いた。 ゴヤは、この作品以前にも、『王子ドン・ルイスの家族』(1783年、イタリア・パルマ県、マグナーニ=ロッカ財団(イタリア語版))を手がけた際に、王室の一員から委嘱された集団肖像画に自画像を組み込んだことがあった。ゴヤがベラスケスの作品を崇敬していたことを考えると、これは『ラス・メニーナス』の例を念頭に置いての行為であるかのように思えるが、実はそのように自画像を書き込むよう指示したのは委嘱者である王子自身であり、それはこの作品の重要性を高めるためであった。一方、ゴヤは、より現代的な方法で場面を構想しており、横向きに描かれた王子はトランプを載せた緑色のマットが敷かれたテーブルに向かって座り、その周りでは彼の家族や、友人たち、召使いたちが、和やかに語り合っている。しかし、同時にゴヤは、自分の姿が主題から距離を置くようにする術も心得ており、謙虚さをもって自分自身を描き、背中を向けて屈む姿を、陰の中に描いた。『カルロス4世の家族』の場合、画家が自身の姿を描き入れることが、画家の着想だったにせよ、王室側の意向だったにせよ、ゴヤは『ラス・メニーナス』に近い手法を採ったことになるが、今や筆頭宮廷画家となったゴヤは、かつてフェリペ4世の宮廷でベラスケスが同じ地位にあったことを踏まえ、ベラスケスに近づいたと感じていたのかもしれない。しかし、ここでもゴヤは、謙虚に距離を置く手法を心得ており、「背景の陰に入ったカンバスの位置に身を置いた (colocándose con su lienzo en el fondo y a la sombra)」のである。 『ラス・メニーナス』を思わせる他の特徴には、後景の壁に2枚の絵画が描かれていることと、ゴヤがカンバスの背後に王に仕える創作者としての役割をもった自身を描いたという前述の事実がある。ゴヤは、ベラスケスを、レンブラントと自然とともに、自分にとっての師である三者のひとつと見なしていた。しかし、ゴヤは、ベラスケスの傑作からも距離を置いていて、類似性が見出せるのは周辺的な細部だけであり、描かれた空間は奥行きもなく、バロック的な暗示は盛り込まれていない。 アラゴン州出身のゴヤは、密閉され、光も不十分な、好ましくない空間に人物を置いているが、それは画家にとっても都合の良いものではなかった。リヒトは、ベラスケスの場合とは異なり、画家の工房は、ゴヤによって「居心地の悪い不愉快な刑務所 (cárcel inhóspita y sórdida)」に変換されているとして、ジャニス・トムリンソン(スペイン語版)の議論を踏まえながら次のように解説を締めくくった。 ベラスケスにおいて叙事詩だったものが、ゴヤにおいては小説になった。ベラスケスの画面にあった緊張感は消え去った。セビリア人(ベラスケス)は、地上を支配するために神によって選ばれた家族を見ることができる場所を私たちに与え、婉曲な方法で、「公現 (epifanía)」を描いているかのような調子を出していた。ゴヤは、私たちを排除し、それによって公現を排除する。ベラスケスは、王家の祖先がどこから来たのか、どこにいるのか、どこに向かっているのかを示してくれる。カルロス4世の家族はどこからともなくやって来て、どこにも向かう先はない。 ゴヤは宮廷で、イタリアの画家ジャコポ・アミゴーニが描いた『フェルナンド6世とバルバラ・デ・ブラガンサの宮廷 (Fernando VI y Barbara de Braganza con su corte)』を見る機会が確実にあったが、この作品は現在では失われたものと考えられている。残されているのは、この作品に基づく版画だけであるが、そこからはゴヤの画面との類似点を見てとることができる。国王夫妻は、ゴヤの作品と同じように画面の中央に置かれ、家族や廷臣たちたちが両側に描かれている。この夫妻には子がなかったので、子孫ではなく、宮廷の女官たちや閣僚たちが描かれている。
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