仏教教義上の位置づけ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/16 14:29 UTC 版)
現在のニンマ派では中観派の空性の教義に付随して教えが説かれ、チベットでの呼び名が同じであるため、ニンマ派の『大幻化網タントラ』を依経とする密教的境地のゾクチェンと、太古からのスタイルを守るとされるボン教のゾクチェンが同一視されることが多いが、仏教的見地からはそれぞれの伝統は別のものだと理解すべきかもしれない。ニンマ派のゾクチェンは「如来蔵」の無我説に基づき仏教に分類される。なお、「如来蔵縁起説」とはインド学において主に真諦三蔵の訳経に見る思想を指して言うが、上田義文の著作ではこれを「性相即融」の唯識古説とする。ただし、日本においては空海の著作に法華思想とは異なる密教の「本覚」が説かれた。この問題に関連して『大幻化網タントラ』の持つ思想と唯識により、かつてドゥジョム・リンポチェがチベット亡命政府主催のチベット仏教者会議において、ニンマ派はボン教と異なるインドの仏教であるとしてニンマ派を純粋な仏教として主張した経緯がある。また、サテル(地下の埋蔵経)の『ドゥジョム・テルサル』によるゾクチェンは、『宝性論』等を主とした如来蔵と唯識の説を背景とするインドのヴィクラマシーラ大僧院の僧院長であった密教の大学者ラトナーカラシャーンティ(980-1050)の説を引用することがある。こうしたことを背景として、チベット仏教におけるニンマ派でも伝統の理解と専門的な知識を必要とし、現時点ではニンマ派のゾクチェンはボン教のゾクチェンと用語は等しいがやや異なる教えによって構築されていると見てよい。ちなみに、こうした問題を避けるためにも、ニンマ派の各大学の密教クラスではロンチェン・ニンティクのゾクチェン文献や、大学者ミパム (1846-1912) やパトゥル・リンポチェ(1808-1887)等の著作を教養として学んでいる。そのテキストの主なものは以下のようになり、いずれも既に英訳・中国訳が存在する。 『ゾクチェンの法義解説』 ロンチェンパ著(「Dzogpa Chenpo Sem Nyid Nyalso」 Lonchenpa) 『ゾクチェンの法義解説註釈』 ロンチェンパ著(上記の注釈本) 『八大ヘールカ法成就心要論疏』 ミパム・リンポチェ著(「Kagyed Namshed;Ngodru Nyingpo」 Mipam Rinpoche) 『生起次第の教え』 ジグメ・リンパ著(「Kyerim Ogmin Drothpai Themke」 Jimed Limgpa) 『四種法の瞑想の専門的な教え』 パトゥル・リンポチェ著(「Sogdom Zershie Menngag」 Patrul Rinpoche) 『ゾクチェンの本性自解脱三種要法』 ロンチェンパ著(「Dzogpa Chenpo Rangdrol Korsum」 Longchenpa) また、ロンチェン・ニンティクにおけるゾクチェンの系譜では、ニンマ派六大流派とは別に直系の血脈を持つドドゥプチェン・リンポチェ (1927-) や、「リメ」(超宗派)運動の思想とともにゾクチェンの核心を今に伝えるジャムヤン・ケンツェ・チューキ・ロドゥ (1893-1959)、ディンゴ・ケンツェ・リンポチェ (1910-1991)、トゥルシク・リンポチェ (1924-2011) への流れの教えとテキストは今日のチベット僧の好んで学ぶところである。 ダライ・ラマ14世は、ロンチェン・ラプジャムパの『法海の宝蔵』の註釈や、ジグメ・リンパの直弟子の3代目に当たるトゥルクであるドドゥプチェン・ジグメ・テンペ・ニマ (1865-1926) の著述などを基に、主に中観帰謬論証派の見地から、ゾクチェンのいう原初の清浄性は顕教とは空性の意味が異なるが、ある意味で空(くう)であると説いている。ロンチェンパや近世の学僧ミパム・ジャムヤン・ギャツォ(1846-1912)のゾクチェンにおける空性の理解は、中観帰謬論証派の見解とほとんど合致している、もしくは両者の見解が相補的なものであることを主張している。また、ミパムの『宝性論註』等は、ゾクチェンにおいて第二転法輪の『般若経』の空性の教えと第三転法輪の『如来蔵経』の教えを結びつけている。かれらは「他空」(シェントン:gzhan stong)という言葉を使用しているが、ダライ・ラマ14世によれば、そのほとんどは「基」(gzhi)としての心である「リクパ」(rig pa:純粋意識)のことを指しており、過去のチベットでチョナン派のトゥルプパ・シェーラプ・ギェルツェンが唱え、梵我などの非仏教の教説に通じるものと批判された『他空説』でいうところの他空とは意味が異なる。
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