ミュンヒハウゼン症候群の示唆
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/09 21:59 UTC 版)
「綿ふき病」の記事における「ミュンヒハウゼン症候群の示唆」の解説
詳細は「ミュンヒハウゼン症候群」を参照 はじめて世間に綿ふき病が知られてから50年以上が経過した2020年(令和2年)、内科医の國松淳和は、著書『ブラック・ジャックの解釈学』の中で臨床病跡学的な観点から綿ふき病を採り上げ、2020年現在の現役内科医として考察を試みている。 國松は現役医師として『医中誌Web』などを利用し文献検索を行ったうえで、綿ふき病は「科学的な検討が十分された疾患概念だとは言い難いようだ」と指摘している。当時の綿ふき病をとりまく医師や学者の様子を、2010年代に話題になった子宮頸がんワクチンの接種によって副反応が起きたとされる日本国内の社会問題を引き合いに出し、ワクチンが副反応の「原因なのか・原因ではない」という対立が焦点となって議論が進み、肝心の患者が置き去りにされてしまう危うさを想起させるとし、文献検索で見出した「澱粉病」や「モルゲロンズ病 」など、綿ふき病に類似する「一部でありそうと信じられている疾患」についてアンタッチャブルなものとしておきたいと述べている。 國松は綿ふき病の存在の有無について正面から言及するのではなく、本件から連想される虚偽性障害の報告された実例の中で、皮膚に関わる6件のミュンヒハウゼン症候群の具体的な症例を提示解説し、次の共通点を指摘した。 明らかに無意味な行動を、あきれるほどの長期間にわたって、 飽きもせず、これといった金銭的な得もせず、 驚くべき手法で反復し続けている。 提示解説した6件は1986年(昭和61年)から2007年(平成19年)にかけ報告された日本国内での症例であるが、いずれも「患者役割の追求」「無目的な症状産生性」といったミュンヒハウゼン症候群特有の共通点があることを明示し、それを踏まえた上で綿ふき病に関する考察を次のように述べている。 肯定派の主張は「詐病やヒステリーとする根拠がない。だから綿ふき病は存在する」というロジックであり、対して否定派側は「綿ふき病が存在する科学的証明が出来ない。だから詐病やヒステリーだ」というふうに、互いのロジックの主眼点がスタート時から異なる。では、もし仮に当時の肯定派側の医師がミュンヒハウゼン症候群の概念を知っていたとしたら綿ふき病をどう捉えたのか、國松は、それでも綿ふき病の存在を信じる医師は、ミュンヒハウゼン症候群と診断することは疑問に感じたであろうと推察する。なぜなら「理由や原因もなく、わざとこんな馬鹿げたことを長い年月にわたってわざわざするわけがない。患者に何の利益があるのだ。」と肯定派側は考えてしまうからである。 しかし、何らかの利益を患者が得るために行う詐病と、ミュンヒハウゼン症候群は根本的に異なる。「嘘をつく」ことによって患者が得られる利益(例えば社会保障等の不正受給や諸外国における兵役義務逃れなど)は全く関係なく、“病気になりたい“のではなく、“患者になり続けたい“という「患者役割の追求」ともいうべきもので、そのためであればどのような苦痛や困難を伴ってでも医療者へアピールして「患者」にしてもらう。複数の病院を次々に放浪し、虚言、自傷により病状の捏造を継続し続ける、そのような知識やセンス、行動力を兼ね備えているのがミュンヒハウゼン症候群という疾患概念である。 常識では有り得ない現象であるがゆえ当時の医師は「詐病やヒステリー」だと一蹴しているが、この対応は今日で言うゴミ箱診断(英語版)(英語: Wastebasket diagnosis)のようなもので、これでは肯定派側の医師から反発されてしまう。それとは反対に、疑いの目を持って患者と接し続けていたのなら、患者の側から、その医師の元を離れてしまう。当時の肯定派側の医師たちは、純真な心で好奇心と熱心さを持って患者に接している。かつて綿ふき病に対して否定的な発表を行った健田恭一も実際に田尻に会って、その人柄を「真面目すぎる」のだと指摘している。このような医師はミュンヒハウゼン症候群の患者側からすれば簡単に患者になれるため、苦労せずに捕獲できる格好の標的になってしまう。 非合理でわけのわからない現象を取り扱うことは、たいていの場合、医師のほうが耐えられないと國松は指摘し、長期間にわたって医師と患者の関係が破綻しなかったのは、このような背景によると考えられ、患者になりたかった者と真実を知りたかった者との利害のバランスが極めて絶妙な均衡を保っていた。身もふたもない言い方であるが「患者のつく天才的な嘘を、真面目な医師では見抜けなかった」のだろうとしている。
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