ナッと人間の関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/20 14:20 UTC 版)
ナッ信仰の信者の中には富裕層、高学歴者、社会的地位の高い人間も見られ、仏教徒だけでなくキリスト教徒やイスラム教徒の中にもナッを信仰する人間がいる。一方でナッは一種の前近代性の象徴と見なされることもあり、都市部の知識人の中には家の守護霊のナッを祀らないものも多い。また、信じているとも信じていないとも断言できないと言う人もいる。ミャンマーにおいては日常生活でナッの話題が出ることは多くなく、ナッの種類や名称、人間とナッの位置づけについて詳細な知識を持った人間も少ないと言われ、霊的存在全般を語るときに「ナッ」の言葉が使われることが多い。ナッ信仰に消極的な人間が多い理由として、保守的かつ敬虔な仏教徒はブッダを除いた超自然的存在であるナッを敬遠し、狂騒的な祭礼を忌避することなどが挙げられている。仏教的な世界観では涅槃に到達する近さは僧侶、男性、ナッ、女性の順であり、男性は位の低いナッに関わるべきではないとされ、祠に供え物をするのは女性の役割となっている。 命名式、結婚式、葬式などの非仏教的なビルマ土着の風習を起源とする通過儀礼では、当事者のナッ(コーサウン・ナッ、あるいはミザイン・パザイン・ナッと呼ばれる)が供養される。 ナッを祀る祭礼であるナップエ(ビルマ語: နတ်ပွဲ、IPA: /naʔpwɛ́/ ナップウェー)は、ミャンマー各地から多くの信者やナッカドーが集まるものから、家の守護霊を祀る棚の壺に草花を奉げるものまで様々な規模のものがある。豊作祈願、旅行安全が伝統的なナップエの目的だが、都市部では病根退散、商売繁盛といった現世利益を追求するナップエも開催されている。農村部の祭礼は小規模で簡素なものである一方都市部では熱狂的な祭礼が開かれており、ナッ信仰の聖地のひとつタウンビョンで行われるナップエはミャンマーで最大の規模を有する。個人の依頼によって行われるナップエは民家の軒先に建てられた仮小屋や町の建物の一階部分で開かれる。建物の奥にはいくつものナッの像が並べられ、サインワイン(英語版)(ビルマ語: ဆိုင်းဝိုင်း)と呼ばれる伝統的なビルマ音楽が鳴らされる中でナッカドーと呼ばれる霊媒者が踊り続ける。時には信者や見物人も踊りに参加し、踊りの合間には札束がばらまかれる。ばらまく札束の金額が多いほどより多くの利益が得られると考えられており、ばらまかれた紙幣は縁起物と見なされている。祈祷によって願望が成就した際には、供え物やナップエの開催などのナッへの相応の返礼が求められる。こうした点から、ナップエは経済的に成功した人間の利益の再分配、人間関係の構築といった役割を持っていることが指摘されている。 ナップエにおいてはナッカドー(ビルマ語: နတ်ကတော်、IPA: /naʔɡədɔ̀/ ナッガドー;「ナッの妻」の意)と呼ばれる踊り手が人間とナッの仲介役を果たし、普段都市部に住む職業的ナッカドーたちは顧客が開く祭礼に参加する。職業的ナッカドーの有力な顧客には役人・軍人・商人の妻や俳優、踊り手が多いと言われ、彼らは夫の無事や昇進、自らの出世を祈願する。ナッカドーにはメインマシャー(ビルマ語: မိန်းမလျာ、IPA: /méʲmma̰ɕà/)と呼ばれる「ニューハーフ」に相当する人々が多い。一人前のナッカドーになるには他のナッカドーに弟子入りして踊りを習得した後、特定のナッと結婚式を挙げなければならないとされている。祭礼の中でナッカドーは瓶の中の酒を飲み干し、あるいは煙草を吸いながら踊り、興奮が高まると口の中にロウソクの火を入れることもある。ナッカドーが踊っている間、彼らの中にナッが入り込んだ状態になり、信者は踊りの合間にナッカドーの中のナッに相談を持ちかける。ナッカドーはナッオウッと呼ばれる祭礼の先導役によって統率され、ナッオウッは祭礼の場以外でもナッカドーに影響力を行使する。
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