タキ200形(初代)
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「国鉄タサ1000形貨車」の記事における「タキ200形(初代)」の解説
タキ200形は、ベンゾール専用の25t 積タンク車として1930年(昭和5年)3月11日に1両(タキ200)が新潟鐵工所にて製作された。 所有者は、三井鉱山でありその常備駅は鹿児島本線の大牟田駅であった。 1930年(昭和5年)7月に専用種別が「なし」に変更された。 タンク体は普通鋼(一般構造用圧延鋼材、SS41現在のSS400)製であり、リベット構造であった。 荷役方式はタンク上部にあるマンホールからの上入れ、液出管からの下出し式である。 塗装は黒色、寸法関係は全長は10,400mm、全幅は2,400mm、全高は3,810mm、台車中心間距離は6,400mm、実容積は29.6m3、自重は20t、台車はアーチバー式のTR20である。 1938年(昭和13年)4月18日に廃車となり同時に形式消滅となった。
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タキ200形
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「国鉄タキ200形貨車 (2代)」の記事における「タキ200形」の解説
タキ200形は、トリクロールエチレン専用の30t 積二軸ボギータンク車として1963年(昭和38年)5月10日から1972年(昭和47年)12月8日にかけて10両(コタキ200、コタキ202 - コタキ203、コタキ210 - コタキ216)が、富士重工業、汽車製造にて製作された。何故かコタキ201、コタキ204 - コタキ209は空番であった。この内7両は他形式(タキ2800形(コタキ2814→コタキ202)、タキ2600形(コタキ12601、コタキ12637、コタキ22614、コタキ22615、コタキ12630、コタキ12644→コタキ203、コタキ212 - コタキ216))から専用種別変更改造工事を日本車輌製造、富士重工業の2社にて受け本形式に編入された車である。初代タキ200形は1938年(昭和13年)4月に形式消滅しているため、タキ200形としては2代目に当たる。 記号番号表記は特殊標記符号「コ」(全長 12 m 以下)を前置し「コタキ」と標記する。 本形式の他にトリクロールエチレンを専用種別とする貨車はタム8600形(2両、後述)1形式のみが存在した。 所有者は、関東電化工業、東亜合成化学工業(その後コタキ211のみ東亞合成へ社名変更)の2社であり、夫々の常備駅は群馬県の渋川駅、愛知県の昭和町駅又は富山県の伏木駅であった。 1979年(昭和54年)10月より化成品分類番号「96」(有害性物質、毒性のあるもの)が標記された。 タンク体は、ステンレス鋼(SUS27、SUS28現在のSUS304、SUS304L)製でドーム付き、ドーム無しの2種類があり、荷役方式は、タンク上部の積込口からの上入れ、液出管と空気管使用による上出し方式である。 1993年(平成5年)に2両(コタキ210, コタキ211)の専用種別がカセイカリに変更され、形式名は変更されることなく運用された。 車体色は黒色、寸法関係は全長は9,500mm、全幅は2,350mm、全高は3,700mm、台車中心間距離は5,400mm、実容積は20.6m3、自重は13.9t、換算両数は積車4.5、空車1.4であり、台車はベッテンドルフ式のTR41CまたはTR41D-4である。 1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化時には全車(10両)の車籍がJR貨物に継承されたが。1995年(平成7年)度末時点では6両が現存していたが、2007年(平成19年)10月に最後まで在籍した2両(コタキ213 ,コタキ214)が廃車となり同時に形式消滅した。
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