定光寺本堂
名称: | 定光寺本堂 |
ふりがな: | じょうこうじほんどう |
名称(棟): | |
名称(ふりがな): | |
番号: | 0827 |
種別1: | 近世以前/寺院 |
国宝重文区分: | 重要文化財 |
指定年月日: | 1926.04.19(大正15.04.19) |
員数(数): | 1 |
員数(単位): | 棟 |
代表都道府県: | 愛知県 |
都道府県: | 愛知県瀬戸市定光寺町 |
所有者名: | |
指定基準: | |
管理団体名: | |
管理団体住所: | |
管理団体指定年月日: | |
構造形式: | 桁行三間、梁間三間、一重もこし付、入母屋造、こけら葺 |
時代区分: | 室町後期 |
年代: | 明応2(1493) |
解説文: |
浄光寺本堂
名称: | 浄光寺本堂 |
ふりがな: | じょうこうじほんどう |
登録番号: | 38 - 0087 |
員数(数): | 1 |
員数(単位): | 棟 |
構造: | 木造平屋建、瓦葺、建築面積95㎡ |
時代区分: | 江戸 |
年代: | 宝暦2年(1752)/文政8年(1825)改修 |
代表都道府県: | 愛媛県 |
所在地: | 愛媛県越智郡上島町岩城855 |
登録基準: | 造形の規範となっているもの |
備考(調査): | 須弥壇は天保13年(1842)に大工三木嘉吉が製作。 建立年代等は所蔵文書による。 『愛媛県の近世社寺建築』(愛媛県教育委員会、1990)。 |
施工者: | |
解説文: | 南面して建つ三間堂。宝形造本瓦葺で、正面に一間向拝、背面に下屋を付ける。面取方柱で、木鼻付大斗絵様肘木とし、中備に蓑束を飾る。一軒繁垂木。内部は前寄り二間通りを外陣、その奥を内陣とし、中央後寄りに須弥壇を置く。小規模な浄土宗本堂の一例。 |
浄興寺本堂
名称: | 浄興寺本堂 |
ふりがな: | じょうこうじほんどう |
名称(棟): | |
名称(ふりがな): | |
番号: | 2223 |
種別1: | 近世以前/寺院 |
国宝重文区分: | 重要文化財 |
指定年月日: | 1989.09.02(平成1.09.02) |
員数(数): | 1 |
員数(単位): | 棟 |
代表都道府県: | 新潟県 |
都道府県: | 新潟県上越市寺町2 |
所有者名: | 浄興寺 |
指定基準: | |
管理団体名: | |
管理団体住所: | |
管理団体指定年月日: | |
構造形式: | 桁行28.2m、梁間27.8m、一重、入母屋造、向拝三間、こけら葺 |
時代区分: | 江戸中期 |
年代: | 延宝7頃(1679) |
解説文: | 旧高田城下の寺町に所在する由緒ある真宗寺院で、その創始は、親鸞が常陸国笠間に草庵を開いたときに始まる。その後、寺地は各地を転々としたが、松平氏の高田城建設にともなって、その城下に移った。 現在の本堂は、寛文五年(一六六五)の地震による倒壊後、延宝七年頃に再建された。間口が二十八メートルに及ぶ大規模な建物で、内陣や内外陣境は彫刻、金箔、漆で装飾されるなど、本山、別院に並ぶ格式高いあつかいになっている。 この建物は規模が大きく、意匠もすぐれ、格式高い真宗仏堂の特徴をよく示していて価値が高い。 |
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