『江源武鑑』等による義郷像とは? わかりやすく解説

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『江源武鑑』等による義郷像

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/07 06:13 UTC 版)

六角義郷」の記事における「『江源武鑑』等による義郷像」の解説

江源武鑑によれば天正5年1577年1月3日辰の刻誕生している。25日には織田信長観音寺城訪れ養子しようか持ちかけ、重病であった父義秀はこれを受けている。これは義郷の母が信長庶兄織田信広の娘であり、信長養女であったためであるという。その後父が没した後の天正10年6月3日信長本能寺の変討った明智光秀居城観音寺城攻め蒲生氏郷配下寝返ったため観音寺城炎上、義郷は武装した乳母若狭局によって馬に乗せられ箕浦城に逃れた。これにより六角氏の名に従う旗頭十分の一ほどになったという。 天正12年1584年9月1日豊臣秀吉近江旗頭召し出した折、秀吉は義郷の父義秀から「秀」の字を授けられたことを恩として当時8歳の義郷に名字相続と一郡を与えられたとしている。14年1586年)には父・義秀が参議であったことから秀吉計らい近衛少将任じられ豊臣姓の称号をも授かる天正16年1588年)の聚楽第行幸にも随行したが、石田三成によって江国寺領地横領していると讒言された。翌天正17年1589年)には秀吉の命で千石江国寺寄進し、11月には三日秀吉とともに遊興興じている。 文禄4年1595年)、秀次事件に際しては、切腹となった次の家老木村重茲熊谷大膳)らは義郷の父義秀の旧臣であったとされている。義郷は、家臣鯰江佐の娘を秀次の側室献上し、義秀旧臣家老の縁もあって秀次に接近していたため、近江国12万石没収され改易、その身はお預けとなったという。慶長3年1598年)の醍醐の花見では、秀吉は義郷家礼の小川土佐守小川祐忠)、新庄雑斎の茶屋おとずれ、義郷の話をしたという。9月3日には秀吉遺物として大兼光太刀拝領したが、この太刀は父・義秀が秀吉へ諱字を与えた時に贈ったものであり、当時公家などは奇縁を不思議がったとされる関ヶ原の戦いにおいては豊臣秀頼の命として「江州管領右兵衛督義郷」に対して、「北国表の大将」として起用するという命が下った南条元忠を介してこの命を受けた義郷は、これを突き返した石田三成重ねて近江一国与えるとの条件出したが、なおも義郷は拒絶したという。京極高次大津城開城後、増田長盛志賀郡軍勢向けて義郷を攻めるべきだと述べた。しかし三成大事の前の小事であり、天下平定すれば義郷は味方となると述べ、また義郷を討とうとすれば六角氏譜代近江一国土民が義郷の味方をするといって攻撃をやめさせたとしている。合戦勝利した徳川家康は、三成味方しなかったことを喜び、義郷を召し出そうとした。しかし義郷は家康内通していなかった身が褒賞を受けるのはおかしいと述べてこれを断った家康は「今の世良将である」と述べたという。 慶長6年1601年3月6日には、志賀郡宇佐八幡宮造営した慶長15年1610年7月記事では「入道」と呼ばれ出家したことが示唆される慶長17年1612年7月には将軍徳川秀忠要請受けて六角家に伝わる「六人二十一箇条」を筆写して献上した元和7年1621年6月初めて子を儲けたこの子の母は織田秀信の娘であり、和田太夫大阪盗み取り百姓育てられていたところを義郷が娶ったのだという。元和9年1623年7月9日逝去享年47

※この「『江源武鑑』等による義郷像」の解説は、「六角義郷」の解説の一部です。
「『江源武鑑』等による義郷像」を含む「六角義郷」の記事については、「六角義郷」の概要を参照ください。

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