タールベルク:2つのノクターン
ショパン:2つのノクターン (第11・12番)
英語表記/番号 | 出版情報 | |
---|---|---|
ショパン:2つのノクターン (第11・12番) | 2 Nocturnes (g:/G:) Op.37 CT118-119 | 作曲年: 1838-1839年 出版年: 1840年 初版出版地/出版社: Leipzig, Paris, London |
作品解説
Duex nocturnes op. 37
この2曲のノクターンは1838年から39年にかけて作曲され、初版はパリ(Troupenas, 1840)、ライプツィヒ(Breitkopf und Hartel, 1840)、ロンドン(Wessel, 1840)で出版された。献呈者の記載はない。この2曲は、当時人気女流作家であり、ショパンと恋仲にあったジョルジュ・サンドと共に行ったマヨルカ島への船旅の前後に作曲されたと考えられている。この経験と本作との関連は不確かであるものの、第2番には舟歌風のセクションが現れる。
No. 1 ト短調
このノクターンも、複縦線で仕切られた3部形式(A, B, A’)からなる。
絶えず緩やかなマーチ風のリズムで歩みを進める左手の伴奏音型にのって、声楽のベル・カント様式を想起させる装飾が施され、物憂げな主題(mm. 1-8)が右手で奏でられる。この主題はAで3回現れるが、反復ごとに前打音やフィオリトゥオーラが加えられたり(m. 18, 19やm. 36 etc.)強弱に変化が付けられたりする(1回目p-f、2回目f-ff、3回目p)。ここにはショパンの初期ノクターン以来意識して行っていた「同語反復」回避の旋律書法が顕著に認められる。Aで注目すべきは、6小節目に見られる3-3-3-3という指使いである。連続する複数の音符に対して同じ指を連続的に使用することは一般的ではないが、ここでは三連符と4分音符の各音が、均質というよりは幾分粗野な仕方で際立たたせられることが示唆されている。
変ホ長調のBでは終始一貫して、温かく豊かな響きの4声体コラールが奏される。ノクターンへのコラールの導入は既に第6番(1833)に見られるもので、旋律的なAと好対照をなし、宗教的な厳粛さをいっそう強めている。後半には印象的なフェルマータが4度挿入され、これによってコラールの終結が予示される。
主題が再現するA’はこのノクターンの場合、Aが大幅に縮小される以外、ほとんど変化は見られない。曲の結尾はト短調の同主調であるト長調のIV(c-e-gの和音)による変格終止に続くト長調の主和音で終わる。ショパンのノクターンにあってはこのようにピカルディ終止や変格終止、またはその両方を用いる曲は典型的である。
No. 2 ト長調
このノクターンにはA, B, A’, B’, A’’, Codaというロンド風の形式を認めることができる。但し、全体を通して、転調が極めて頻繁に行われ主調のト長調がほとんど現れないのが特徴的である。例えば、Aでは、mm. 1-3、mm. 6-7とmm. 21-22にかけて一瞬ト長調が現れるのみである。
Aでは大きい跳躍音程を含む左手の分散和音の伴奏音型にのって奏でられる、3度や6度といった重音からなる右手の主題が特徴的である。主題がこのように冒頭から重音で提示されるノクターンは、21曲中このノクターンだけである。これら3度や6度の急速な連続は煌びやかな音響効果をもたらすと同時に、この曲にエチュード的な側面も付与している。
対照的にBでは、符点2分音符の左手に支えられ、飾り気のない素朴なバルカロール風の主題が奏でられる。主題のアウトラインはパターン化されているが、A同様、次々と自由に転調を繰り返し、ここではA以上にト長調の響きは聞こえてこない。その転調経過をたどってみると、ハ長調(m. 28-)、ホ長調(m. 36-)、嬰ハ長調(瞬間的だがm. 45)、嬰へ短調(m. 46-)、変イ短調(m. 48-)、ヘ長調(m. 51-)、変ロ長調(m. 53-)、ニ長調(m. 60-)、そしてようやくト長調(m. 66-)に到達する。ハ長調からホ長調、変ロ長調からニ長調へという長3度上の調への3度近親転調は、ショパンが好んで用いた転調である。
これに続く、A’(A’’も同様)はAの縮小形であり、B’はBと同じ長さだが、転調経過が異なる。A’には半音階進行するバスによって期待されるカデンツが次々に裏切られ、とりとめのない雰囲気を助長される(mm.81-85)。このB’には、嬰ト長調(m. 91-97)や嬰イ短調(m. 98-102)というト長調からかなり遠い調も含まれている。m. 132のフェルマータの後のコーダにおいて、Bでは主題として一度も現れることのなかったト長調でBの主題の一部が奏でられた後、最後にト長調のV- I の和声進行をpppで響かせ、曲を終える。
ショパン:2つのノクターン (第13・14番)
英語表記/番号 | 出版情報 | |
---|---|---|
ショパン:2つのノクターン (第13・14番) | 2 Nocturnes (c:/fis:) Op.48 CT120-121 | 作曲年: 1841年 出版年: 1841年 初版出版地/出版社: Paris 献呈先: Laure Duperté |
作品解説
Deux Nocturnes Op.48
この二曲のノクターンの作曲時期は研究者によって見解が異なるが、1840年か41年に作曲され、初版はパリ(M. Schlesinger, 1841)、ライプツィヒ(Breitkopf und Hartel, 1842)、ロンドン(Wessel & Stapleton, 1842)で出版された。弟子のロール・デュペレ嬢に献呈。自筆譜は見つかっていない。二作ともオペラの影響を色濃く反映した傑作である。
第13番 ハ短調
本作は、劇場のオーケストラを思わせるシンフォニックな書法を導入し、オペラ的効果を狙っている点で他のノクターンとは異なっている。
全体は複縦線仕切られた、性格を異にする3部分(以下A, B, A’)からなる。最初の主題は、大きく跳躍する左手の和音によって、バスと中声部の和音を豊かに響かせている。この伴奏音型は、後の作品55-1(15番)、作品62-2にも見られる後期ノクターンに特有の書法であり、ショパンは交響的な効果をピアノで追究している。これには、豊か低音が得られるようになった当時の楽器の特性とも関係があるだろう。A部の音域はほぼソプラノの音域と一致しており、A部の終わり(第21小節)で歌はクライマックスを迎えC音に達する。
ハ長調のBでは静かなコラールとダイナミックなオクターヴの連続が対照的である。A’では冒頭の「歌」が再び現れるが、今度は和音連打と左手の重音による分散和音で伴奏される。この種の和音連打はしばしばオーケストラのトレモロによる弦楽伴奏をピアノで表現するときによく用いられた書法である。ここでも、他のノクターンとは違って、右手の「歌」は決してc音を越えることはない。つまり、右手の旋律は、一貫してソプラノ歌手をイメージして書かれていると考えられるのだ。
Bで聴かれるコラールは、作品15-3(第6番)、作品37-1(第11番)でも用いられたが、Aの静かなソプラノ独唱、A’の情熱的なフィナーレの間では、宗教的・瞑想的な雰囲気が特に際立つ。書法、ドラマ性という点から見て、このノクターンは、3つの情景からなるピアノのためのオペラとみなすこともできよう。
第14番 嬰ヘ短調
第2番も第1番同様に3部分(以下A, B, A’)からなり、オペラ的特色が顕著である。嬰ヘ長調、嬰ヘ短調、嬰ハ長調ともつかぬ短い導入のあと、ギターの爪弾きを連想させる左手の音型にのってセレナード風の旋律が奏でられる。主題は例によって繰り返され、その際にオクターヴや装飾が加えられて変奏される。
セレナードが終わると「モルト・ピウ・レント」と記された変イ長調のBに入る。ここで5連符と6連符によって表現されるレチタティーヴォ風の音型が導入される。このような扱いは、ショパンのノクターンにおいて他に例を見ない。「レチタティーヴォ」担うのは、音域的にテノールであろう。ショパンは実際、彼のお気に入りの弟子で友人だったA.グートマンにレッスンをつけているとき、この中間部を「レチタティーヴォのように弾きなさい」と述べ、さらに「暴君が命令を下し(これが最初にある二つの和音の意味であった)、相手はお慈悲を乞うているのです」 と言ったという。これはグートマンの証言である。
さて、A’ では再び冒頭のセレナード風の旋律が戻ってくるが、コーダでは半音階進行の和声が旋律を下方へと追いやり、「セレナード」の最低音cisにまで追いやる。そうかと思うと、最後の2小節で最高音のaisまで一気に駆け上り、嬰へ長調で曲を閉じる。
¹ ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル『弟子から見たショパン―その教育法と演奏美学』(Jean-Jacques Eigerdinger. Chopin vu par ses eleves, 3rd edition, Neuchatel, 1988)、米谷治郎、中島弘二訳、東京:音楽之友社、2005年。
ショパン:2つのノクターン (第15・16番)
英語表記/番号 | 出版情報 | |
---|---|---|
ショパン:2つのノクターン (第15・16番) | 2 Nocturnes (f:/Es:) Op.55 CT122-123 | 作曲年: 1842-44年 出版年: 1844年 初版出版地/出版社: Leipzig, Paris 献呈先: Jane Wilhelmina Stirling |
作品解説
Deux Nocturnes Op.55
この二曲のノクターンは1843年に作曲され、初版はパリ(M. Schlesinger, 1844)、ライプツィヒ(Breitkopf und Hartel, 1844)、ロンドン(Wessel, 1859)で出版された。献呈を受けたJ. W. スターリング(1804-1859)はショパン弟子で、師を熱烈に信奉し、また恋愛感情を抱いていた。スコットランドの裕福な家系に生まれた彼女は、パリでショパンに出会ってから亡くなるまでの間、ショパンを様々な面で助けた。彼女の過剰な親切心はしばしばショパンを悩ませたが、善良なこの女性に対し礼節を保ってふるまった。彼女が集めたショパンの遺品やショパンについての記録文書、ショパン研究において重要な資料となっている。本作は二人が出会ったころの作とみられている。
これらのノクターンには、同時代のオペラ・アリアにおける歌唱様式ばかりでなく、バロック様式、とくに対位法的書法への関心が色濃く表れている。ショパンが対位法を厳格に自作に適用することは、習作として書いた二声のフーガを除けば殆どなかったが、この二曲には対位法への憧れが露呈されている。それでも、彼はポーランド時代から対位法をよく勉強しており、パリ時代も1841年にパリ音楽院院長で対位法の権威ケルビーニによる教則本『対位法とフーガの技法』を手に再び勉強している。
no.1 ヘ短調
前作のノクターン作品48-1に引き続き、この曲でも左手の伴奏はバスと中声部を補填する諸声部を、右手は歌唱的な旋律をになう。形式は他のノクターン同様三部形式(ABA’)で書かれているが、同じ形式のなかで常に何か前と異なることをするのがショパンである。このノクターンの特徴は、一見しただけでは気づかないが、バロック的書法の影響を色濃く反映している点にある。
Aは48小節からなるが、左手のバスに着目すると、この間使用される音はわずかに5つ、すなわちc-e(fes)-f-g-asに過ぎない。そして、e-f-g-asというバスの音型が8回も繰り返される。これは、一定のバスの上で変奏をするシャコンヌやパッサカリアというバロック時代のジャンルを想起させる。
第48小節に始まるBは、劇的な低音のユニゾンに続いて歌唱的な旋律が現れる(第57小節)。この旋律は、作品48-2(第14番)と同じ伴奏音型によっているが、ここでは右手のポリフォニックな扱いに注意を払うべきである。そこでは、中声部に対旋律が置かれ、繋留音が最上声部に対して六度ないし三度をなして解決するという、すぐれて対位法的な扱いが見られる(第58、62小節)。ここにもやはりバロックのスタイルが顔をのぞかせているのである。
74小節目に始まるA’の主題旋律は、冒頭4小節が変奏されてただ一度現れるだけで、その直後には全体の約1/4を占める長大なストレットが続く(第87小節~第97小節)。作品9(第1~9番)のような初期ノクターンにおいて、曲尾にはきまって技巧的・装飾的なカデンツアが置かれたが、後期作品に向かうにつれ、曲の終わり方は和声的および曲のドラマチックな展開という点からみて、いっそう入念に仕上げられるようになっている。この曲のストレッタはとくにその長さ、主題の静けさとはかけ離れたスタイルという点で、21曲中特異な終わり方の身振りを示すものである。このストレッタで調性はヘ短調からヘ長調へと移り、そのまま終止する。同主調による終止は前作のノクターン作品48-2(第14番)と同じである。(上田 泰史)
no.2 変ホ長調
第2曲は以下の三つの部分に分けられる。二つの主題が提示される第1~26小節(以下A)、第26~34小節(以下B)、Aの再現・展開としての第35~55小節(以下A’)、そしてコーダ(第56~67小節)。調性の異なる二つの主題を提示する点はソナタ形式を意識しているようであり、これがこのノクターンのもっとも特徴的な点である。また、第1番同様、対位法的な右手の扱いにも注目すべきである。
Aは、ショパンの多くの作品がそうであるように、属音(この曲では変ロ音)で開始される。だが、左手の開始和音は主和音ではなく、属和音であり、第2小節目で直ちに主和音に解決する。この曲が、突然に、あたかも途中から始まったように聞こえるのはそのためである。このノクターンには、主部に二つの楽想が用意されている。一つは第1~12小節(以下a)に、もうひとつは第13~26小節(以下b)にあたる部分である。aの第1主題旋律は二回繰り返される。ノクターンにおいて、ショパンは旋律を反復する際に必ず変奏するが、通常の方法は旋律の装飾である。ところが、彼はここで新しい変奏方法を用いている。曲冒頭、右手は単旋律だが、第9小節目に始まる反復の際には新しい声部を内声に加え、に変化を与えているのである。aの旋律は、A’に再び現れるが、ここでは旋律に半音階的な装飾が施され、さらに中声部には16分音符の対旋律が強く自己主張する。
同じことは下属長の変イ長調で提示される第2主題bにもいえる。bは、曲の後半Bでも再現され、二度反復されるが、いずれの場合も、単なる反復ではなく常に新しい対旋律付けがなされている(第39~第55小節)。しばしば半音階的に動くこれらの対旋律のおかげで、縦の響きは聞き手にかなり交錯した印象を与える。
コーダはそれに比べ再びテクスチュアが簡素化されすんだ分散和音とカデンツのなかで曲は閉じられる。
ショパン:2つのノクターン (第17・18番)
英語表記/番号 | 出版情報 | |
---|---|---|
ショパン:2つのノクターン (第17・18番) | 2 Nocturnes (H:/E:) Op.62 CT124-125 | 作曲年: 1846年 出版年: 1846年 初版出版地/出版社: Leipzig, Paris, London 献呈先: R.de Könneritz née Heygendorf |
作品解説
Deux Nocturnes Op.62
この二曲は1846年に作曲され、初版はパリ(Brandus, 1846)、ライプツィヒ(Breitkopf und Härtel, 1846)、ロンドン(Wessel, 1846)で出版された。彼の弟子と思われるR. フォン・ハイゲンドルフ=ケンネリッツ嬢に献呈。ショパンが生前に出版したノクターンとしては最後のものである。作品55の二曲に比べ、書法はますますポリフォニクになり、半音階によるうねりは消えて響きは透明度を増す。ここに至って、彼は常に憧れを抱き続けてきたポリフォニックな書法と歌唱的な様式の折り合いをつけ、自分なりの答えを見出したようである。
no.1 ロ長調
第1番は、他の多くのノクターンと同様、A-B-A’と図式化される三部形式による。作品55-2(第16番)と同様、唐突なカデンツかで開始される。冒頭に置かれた和音は第7音が付加されたⅡの和音である。この一見奇妙な出だしは、当時よく行われていた「プレリュード」と呼ばれる習慣に由来するものであろう。「プレリュード」は作品を演奏する前に聞き手の注意を演奏者に向けさせたり、タッチを確かめたりするために行われる短い即興的な前奏で、20世紀初期までは普通に行われていた。バックハウスやヨーゼフ・ホフマンのライヴ録音にはこうした「プレリュード」を聴くことができる。しかし、なぜショパンはわざわざそれを記譜したのだろうか。これはよく検討する価値のある問題であるが、個々での議論はよすとしよう。
「プレリュード」に続く主題は声部数が不定の擬似的なポリフォニーである。この曲の冒頭部分は、バロックのフーガにしばしば見られるように拍節が一定ではない。参照説目の第3拍目に出る主題は、7小節目で再び現れるとき、第1拍目にきている。この主題の下行音型は、第11~14小節目にかけて、右手の内声で利用される。こうしたモチーフによる一貫性の確保はバッハに代表されるフーガ書法の主要な特徴であるが、ショパンはおそらくそれを強く意識している。第14~21小節右手が常に2声となり、8分音符で動く。テクニックの点からみて、こうした多声の動きはクレメンティやクラーマーといった19世紀初期に活躍した先人が用い始めた比較的古いピアノ書法である。続く経過的な第21~25小節目には、Bで使用されるシンコペーションのリズム・オスティナートが現れている。その後に再び主題が回帰し、変イ長調の中間部Bに入る。Bで初めて現れるトリルは、そのままA’の主題再現(第68~75小節)で利用される。トリルの中に旋律を織り込むこの技法は、30年代末から40年代にデーラーのようなヴィルトゥオーゾ・ピアニスト兼作曲家によってしばしば用いられたいわば流行のテクニックであった。ショパンは古い技法だけでなく最新の流行も積極的に取り込んでいるのである。
第75小節で主題が遠隔調のト長調の属七に落ち着くと、再びロ長調に戻るために4小節間の巧みな経過部が続く(第76~80小節)。ここでは、4声部がとりわけ対位法的に扱われており、入念に書かれた部分である。第81小節に始まるコーダでは再び左手のシンコペーションによるリズム・オスティナートが回帰し、その上で右手が増二度を含むいくぶん「エギゾチック」な音階が漂い夢想的な雰囲気のうちに曲は閉じられる。
no.2 ホ長調
第2番の伴奏音型は、以前に作品55-1、作品48-1で使用されたものと同じで、バスと中声部を埋める和音からなる。これによって豊かな幅広い音響が実現されている。形式は他のノクターンと同じく3部形式による。
このノクターンは二つの特徴的な和声進行によって枠づけられている。冒頭小節における二拍目の経過的な和音はVI度(e-gis -cis)であり、それは直ちに三拍目でI度([e]-h-gis)に解決する。この二拍目の和音が冒頭、しかもLentoという遅いテンポで用いられると、フランス近代の響きを想起させる。この冒頭の進行は、最後の小節のカデンツにも聴くことができ、意図的に使用されているように思われる。
第32小節まで続く主題部(以下A)は、第1番のようなポリフォニーは見られないが、第25小節目で主題が反復されるときに見られる右手の華麗な装飾音型は、第1番との共通点である。
続く中間部(第32~57小節)の開始は、右手が波打つような音型で始まる。こうした左手の扱いは、《12の練習曲》作品10-12やカルクブレンナーの練習曲にみられるように、30年代前後から先駆的なピアニストたちによって用いられた左手訓練のための書法である。むろん、ショパンはこうしたテクニックを左手の訓練というよりは、Aにおいて確立された雰囲気に変化をもたらし、ドラマ性を生み出すために使用しいているのである。中間部の最も重要な特徴は続く40小節に始まるセクションに見られる声部間の模倣である。それは第42、49、51小節に現れる。いずれの小節でも最上声部におかれた第1、2拍目のモチーフがバス声部の第2、3拍目で模倣される。
主題は57小節で回帰し、一度だけ姿を見せたのち、第32~57小節に見られた左手の音型が現れ、コーダが導かれる。曲尾の三小節のカデンツの最上声のモチーフは、第40小節第1拍目から展開される動機の変形である。
ヘンゼルト:2つのノクターン
2つのノクターン
英語表記/番号 | 出版情報 | |
---|---|---|
ヴォルフ, エドゥアール:2つのノクターン | Deux Nocturnes Op.27 | |
ヴォルフ, エドゥアール:2つのノクターン | Deux Nocturnes Op.182 | |
デーラー:2つのノクターン | 2 Nocturnes Op.25 | |
デーラー:2つのノクターン | 2 Nocturnes Op.31 |
タールベルク:2つのノクターン
ザジツキ:2つのノクターン
ブラックウッド:2つのノクターン
ルビンシテイン, アントン:2つのノクターン
英語表記/番号 | 出版情報 | |
---|---|---|
ルビンシテイン, アントン:2つのノクターン | Deux Nocturnes Op.10 | 作曲年: 1848年 初版出版地/出版社: Schlesinger, Ashdown, Choudens |
マルモンテル:2つのノクターン
ブルメンフェーリド:2つのノクターン
ショパン:2つのノクターン (第7・8番)
英語表記/番号 | 出版情報 | |
---|---|---|
ショパン:2つのノクターン (第7・8番) | 2 Nocturnes (cis:/Des:) Op.27 CT114-115 | 作曲年: 1835-36年 出版年: 1836年 初版出版地/出版社: Leipzig, Paris, London |
作品解説
Deux nocturnes op. 27
この2曲のノクターンは1835年に作曲され、初版はパリ(M. Schlesinger, 1836)、ライプツィヒ(Breitkopf und Hartel, 1836)、ロンドン(Wessel, 1836)で出版された。オーストリア駐仏公使夫人であったダッポニィ伯爵夫人に献呈。身分の高い彼女の捧げたことから、「貴婦人の夜想曲」と呼ばれることもある。また、1組の作品としてまとめられているが、これら2曲の曲想は互いを引き立たせるかのように、著しい対照をなしている。
No. 1 嬰ハ短調
このノクターンは、他のノクターン同様、3部分(A - B - A’)からなる。AとA’で絶えず伴奏音型を奏でる左手の6連符の分散和音は、第13小節で2オクターヴ以上になるなど、非常に広い音域をもつ。こうした広範囲な音域間のスムーズな動きは、ダンパー・ペダル(長音ペダル)の改良によって可能になった。
冒頭、第3音(e)を含まない空虚5度(cis, gis)という特徴的な響きの前奏に続いて、右手に方向性の定まらない半音階的な主題が提示される。初期の作品9-2(第2番)や作品15-2(第5番)に見られる主題反復時の華麗な装飾は、この曲では全く見られない。そのかわり、主題が反復される際には右手の旋律に二つの声部が加わり、「独唱」から「二重唱」へと変化している。旋律は他のノクターンに比べ、非常に簡素で起伏が少ないが、ダンパー・ペダルの使用によって伴奏音型と見事に溶け合う。第29小節からは、雰囲気が一転しドラマチックな中間部B(第29~83小節)にはいる。2小節単位の短いフレーズとせき立てるような同音連打、そして20小節間にわたる左手の符点二分音符の上行音階と半音によるトレモロによって、音域もダイナミックスも一気に押し広げられ、第46小節で一度頂点に達する。再び第53小節から半音階的進行が現れ、中間部の一つの情景が収束する。第67小節目には作品15-3(第6番)と同様、マズルカが登場するが、踊りは長続きせず半音階的な転調ではぐらかされ、第81小節の強烈な和音連打で遮られる。30年代のノクターンにおけるこうしたマズルカの使用は、30年に勃発した11月蜂起によって掻き立てられた民族的感情の表れとも解釈できる。主題回帰の直前、長いフェルマータの中で、左手がレチタティーヴォ性の強いパッセージをオクターヴで奏する。
A’はAの大幅な縮小形で、第 94小節で同主調の嬰ハ長調へ転調するが、これ以降をコーダとみなすこともできる。音量も速度も緩みながらAdagioへと向かい、嬰ハ長調のまま曲を閉じる。
No. 2
この曲は、ショパンが唯一ロンド風(A, B, A’, B’, A’’, B’’, Coda)の形式で書いたノクターンで、AとBの2つの主題が交互に3度繰り返されるという構造をもつ。Aの甘美な旋律と全体の優美な曲想ゆえに、作品9-2(2番)や作品15-2(5番)と並んで、演奏される機会の多い曲である。
第2番も第1番同様に、左手には曲全体を通して、フィールドが好んで用いた、大きな跳躍を含む分散和音の伴奏型が用いられている。A(A’, A’’)は常に変イ長調で現れる。A’(第26小節~)とA’’(第46小節~)はAとほぼ変わらないが、その都度、右手の単旋律に装飾的変化が加えられている。例えば、A’ではピアノという楽器でこそ可能な速いパッセージ(m. 32)や、A’’では非和声音をふんだんに盛り込んだ即興的なパッセージ(第51~52小節)が挙げられる。このように、回数を重ねるごとに装飾の使用程度は高くなり、それに比例して高音のきらめきが際立つ。これらの装飾音は、ダンパー・ペダルを踏みっぱなしにしても高音部は濁ることなく、むしろ透明で輝きのある音響が得られた当時の楽器の特性を十分に考慮して作曲されている。
Bでは、Aの単旋律の主題に対し、3度や6度といった重音からなるもう1つの主題が現れる。第10小節に始まるBでは、転調による気分の高揚に合わせて音量が増すと、その音程はオクターヴにまで拡大される(第18小節)。最終的には、fzや左手バス声部のアクセントが手伝って、B’の第 42~45小節でクライマックスを迎える。続くA’’へはAの再現として主題に静かに戻るのではなく、ffのままA主題が回帰し、直前の曲想はしばらく保たれる。主題Aのこの再現法は、作品32-2(10番)にも見られる。
そして、このノクターンで特に注目したいのは、異名同音の使用である。例えば、第24小節では右手のcisをdesと読み替えることで、変イ長調のA’への移行をスムーズにしている。また第34小節では、前の小節の右手のdesをcisと読み替え、変イ長調からイ長調への瞬時の遠隔転調を可能にしている。こうした移ろいゆく調性は、鍵盤上で即興的に手を動かす過程で見出されたものであろう。
ショパン:2つのノクターン (第9・10番)
英語表記/番号 | 出版情報 | |
---|---|---|
ショパン:2つのノクターン (第9・10番) | 2 Nocturnes (H:/As:) Op.32 CT116-117 | 作曲年: 1836-37年 出版年: 1837年 初版出版地/出版社: Berlin, Paris, London 献呈先: Baronne de Billing née de Courbonne |
作品解説
Deux nocturnes op. 32
この2曲のノクターンは1837年に作曲され、初版はパリ(M. Schlesinger, 1837)、ベルリン(A. M. Schlesinger, 1838)、ロンドン(Wessel, 1837)で出版された。
No. 1 ロ長調
このノクターンは他の多くのノクターンとは違って、三部形式をとっておらず、全体の図式は以下のよう示される。
ショパンが2部形式、3部形式、ロンド形式以外で作曲したのは、このノクターンが初めてである。
主題Aは6小節目終わりのフェルマータの挿入によって、考え込むような一瞬の休止が生み出される。フェルマータの前後に配置されたgis(第6小節の右手)とg(第7小節左手)は、和声学においては回避されるべきとされる対斜関係をなしているが、ショパンは旋律の中断を際立たせるためにあえてこのような和声進行を選んでいる。この休止はCにも現れ、何度も繰り返されるので、この曲を強く印象づけるのに一役買っている(譜例1)。
譜例1 第5~7小節
Bでは旋律が右手、左手(音符の旗が上付きに成っている声部)に追加され3声部のポリフォニーを形成する。A’はAと大きな変化はないが、第16小節にはより細分された装飾が施されている。以下、B’、B’’、C’はそれぞれB、Cにわずかに装飾が加えられた変化形である。
第62小節からは、曲想が一変し、不気味な低音連打とレチタティーヴォ風の音型に特徴づけられる劇的なコーダにはいる。第61小節のロ長調のⅤ度は主和音(h-dis-fis)に解決するのではなく、ト長調の属七の第三転回形へと進み、同主調のロ短調へ移る。ショパンのノクターンにおいて、短調の曲が同主長調で終わるという手法はよく用いられるが、このノクターンのように、長調(ロ長調)の曲が同主短調(ロ短調)で終わるという逆のパターンは珍しい。
No. 2 変イ長調
第1番の例外的な形式に対し、このノクターンは簡潔な3部形式(A, B, A’)からなる。それに加えて、Aを導く序奏と、A’の後に終結部(曲尾の二小節)がついているが、この序奏と終結部はコラール風の全く同じ2小節である。レントの速度指示があるものの、ショパンのノクターン中、とりわけ明るく軽快、かつ感傷的な作品である。
Aの主題は、夕暮れ時、ギターやマンドリンなどを片手に窓辺で歌われるセレナードの雰囲気をまとっている。実際、素朴な歌をささえる伴奏は軽快なギターのつまびきを思わせる。主題は、A中で何度も繰り返されるが、その音域や音型は、ソプラノ歌手のためのオペラ・アリアに非常によく似ている。
中間部Bの主題はAの主題から派生しているが、Aとはきわめて対照的な曲想である。Bに入って、調性は平行調のへ短調に、拍子は4/4拍子12/8拍子に変化し、両手が8分音符単位で同一のリズムで和音を刻む。第35小節からは音の層と動きが増し、右手の半音階的進行とあいまって情熱的な高まりを見せる。第39小節からは第27~38小節を半音上の嬰へ短調で繰り返し、この半音上への転調によって、中間部Bはより一層激しさを増しffに達するが、その後もクレッシェンドを続ける。
A’ではAがそっくりそのまま回帰するが、中間部Bの激しさを引き継ぐかのように「情熱的に」Appassionatoという指示のもと、ffで主題が戻ってくる。そして、終結部へと向かう第71小節からの非和声音を含む5連符の揺れによって、ようやく激しさが緩和され、静かに曲を閉じる。
- 2つのノクターンのページへのリンク