言霊
『西鶴諸国ばなし』巻5-6「身を捨てて油壺」 神社の灯明の油を盗んだ老婆が、山姥と見なされ、矢で首を射切られた。以後、老婆の首が夜な夜な現れて、火を吹きつつ飛びまわる。「この火に追い越された者は3年以内に死ぬ」というので、往来の人は怯えたが、首が近寄る時に「油さし」と言うと、たちまち消えるのだった。
『子不語』巻6-133 秦の時代、万里の長城を築くために使役されるのを嫌った人々が、山へ逃げこんだ。彼らは年久しく死なず、背丈1丈余、体中毛だらけの怪物と化して、「毛人」と呼ばれるようになった。毛人は里へ出て人や鶏や犬を食い、鉄砲にも傷つかない。ただ、手をたたいて「長城を築け」と叫べば、あわてて逃げて行くという。
*人の心を動かす地名→〔地名〕5の『武蔵野夫人』(大岡昇平)。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章 ペリアス王が、「市民の1人に殺されるとの神託があった場合、その市民をどう処置すべきか」とイアソンに尋ねる。イアソンは「私だったら、その市民に金毛の羊皮を取って来るよう命令します」と答える。ペリアスはただちに、「その皮を取りに行け」とイアソンに命ずる。
『今昔物語集』巻27-22 夜、狩りのために木に登った兄が、別の木の上にいる弟に、「もし、私の髻をつかみ引き上げる者があったらどうするか」と問う。弟が「矢で射る」と答えると、兄は「実は今、わが髻をつかむ者がある。射よ」と命ずる→〔片腕〕1a。
『サムエル記』下・第12章 人妻バト・シェバ(バテシバ)を奪いその夫ウリアを殺したダビデ王にむかって、預言者ナタンが、「富んだ男が貧しい人の小羊を取った」というたとえ話をする。ダビデ王が「そんな男は死罪だ」と言うと、ナタンは「その男はあなただ」と指摘する。ダビデ王は「私は主(しゅ)に対して罪を犯した」と認め、死を免れるが、彼がバト・シェバに産ませた子は、まもなく死ぬ。
『ホルスとセトの争い』(古代エジプト) オシリスの死後、兄弟のセト(テュホン)がその役職を引き継ごうとたくらむが、オシリスの妻イシスは、我が子ホルスに跡をつがせたいと考える。イシスは羊飼いの未亡人に変身し、セトに「息子が亡夫の家畜の世話をしているが、よそ者がそれを奪おうとしている」と謎をかける。セトが「家畜は当然息子のものだ」と言うと、イシスは正体をあらわして、セトを嘲ける。
『彼岸花』(小津安二郎) 昭和30年代前半の東京。会社重役の平山は娘節子に良縁を捜すが、すでに節子には結婚を誓った恋人がいることを知り、怒り出す。京都から知人の娘幸子が訪れ、「好きな人がいるので、母の勧める縁談を断って家出して来た」と言う。平山は「親の言うことなど聞かず、君自身で結婚相手を決めればいい」と、幸子の行動に理解を示す。幸子は喜んで「今の話はみんな嘘。おじ様、節子さんの結婚を認めてあげてね」と言い、節子に「おじ様のお許しがでたわ」と電話する。
『捜神記』巻14-11(通巻350話) 馬が、娘を嫁にもらうとの約束で、その父親を遠方へ迎えに行き連れ帰るが、馬が娘を要求すると父親は怒って馬を殺す→〔馬〕1a。
『太平記』巻15「園城寺戒壇の事」 白河院の時、三井寺の頼豪僧都が皇子誕生の祈りを仰せつけられる。無事皇子誕生の後、帝から「望みどおりの恩賞を与える」との宣下があり、頼豪は園城寺の戒壇設立の勅許を願う。帝はいったん勅許を与えながら、比叡山からの抗議により取り消す。頼豪は怒り、帝と比叡山を呪って死ぬ→〔鼠〕1a。
『道成寺縁起』 熊野参詣途中の美僧が、宿を借りた家の女から言い寄られ、「参詣をすませてから貴女の意に従おう」といってその場をつくろい、熊野参詣後、女の家には立ち寄らず、別の道を通って帰る。女は違約を怒り、蛇体と変じて僧を殺す。
『南総里見八犬伝』肇輯巻之3第6回 里見義実は山下定包を討ち、その妻・玉梓を裁く。玉梓の哀訴に、義実はいったんは「赦免しよう」と言うが、金碗八郎の諌言により、ふたたび玉梓処刑の命令を下す。「『許す』と言ったその舌で、すぐまた言葉をひるがえすとは、人の命をもてあそぶも同然」と玉梓は怒り、里見家の子々孫々まで呪って、斬首される。
『創世記』第27章 目の見えぬ老父イサクは、欺かれて次子ヤコブに、跡継ぎとして認める祝福の言葉を与える。長子エサウがそれを知り、「私にも祝福を与えよ」と父に迫るが、いったんヤコブに与えた言葉は取り消せず、イサクは「お前の祝福は奪われてしまった」と言う。
『南総里見八犬伝』肇輯巻之5第9回 安西景連に攻められ窮した里見義実は、猛犬八房にむかってたわむれに「敵景連の首を取ってきたら娘伏姫とめあわそう」という。八房は景連の首を取り、伏姫を要求するので、やむなく義実は伏姫を与える。
『眠れる森の美女』(ペロー) 王女の誕生祝いに招待されなかった仙女が怒って、紡錐による姫の死を宣告する。その言葉を取り消すことはもはや不可能なので、別の仙女が「死ぬのではなく、百年の間眠るだけだ」と、呪いをやわらげる〔*『いばら姫』(グリム)KHM50に類話〕→〔眠る女〕1。
『ラーマーヤナ』第2巻「アヨーディヤーの巻」 かつてダシャラタ王は、傷ついた身をカイケーイー妃に救われた時、「2つの望みを叶えよう」と約束したことがあった。年月を経て、カイケーイー妃は、自分の実子バラタの即位と継子ラーマの追放を、ダシャラタ王に要求する。約束ゆえ、ダシャラタ王はその望みを叶えねばならなくなる→〔見間違い〕3b。
*言い間違いでも、取り消せない→〔死の起源〕3のレ・エヨの神話(コッテル『世界神話辞典』)。
*誤解にもとづいて発せられた言葉も、取り消すことはできない→〔一妻多夫〕1bの『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」。
*取り消せぬ約束・命令などの効力を無化する方法→〔契約〕3。
★5a.出まかせに言ったり書いたりした言葉が、現実のものになる。
『摂津国風土記』逸文 刀我野の牡鹿が、「私の背中に草が生え、雪が降る、という夢を見た」と妻の牝鹿に語る。牝鹿は、夫が淡路の妾の所へ通うのをやめさせようと、「それは矢で背を射られ、塩を肉に塗られる前兆です。淡路へ行ってはなりません」と、いつわりの夢解きをする。しかし牝鹿は妾恋しさに淡路へ出かけ、妻が言ったとおり射殺される〔*『日本書紀』巻11仁徳天皇38年7月の条に簡略な異伝が載る〕。
『龍』(芥川龍之介) 鼻蔵と呼ばれる法師が、「3月3日龍が昇る」と、出まかせを書いた高札を猿沢の池に立てる。ところがそれが評判となって当日は大勢の見物人が来たので、鼻蔵自身も、「本当に龍が昇るかもしれぬ」という気になる。やがて人々は突然の雷雨の中、昇天する黒龍を見る〔*原話である『宇治拾遺物語』巻11-6では、龍は昇らない〕。
*何気なく発した一言が、人の死を引き起こす・もしくは死の予言になる→〔星〕2aの『今昔物語集』巻28-22。
*何気なく発した言葉が、自分の将来の運命の予言になる→〔予言〕5。
*父親が「狐のようだ」と言ったために、子供が狐になる→〔転生先〕3aの『日本霊異記』中-41。
*父親が「烏になっちまえ」と言ったために、子供たちが烏になる→〔呪い〕1の『七羽のからす』(グリム)KHM25。
*寺への寄付を断った言葉が、思いがけない形で現実になる→〔鐘〕4のつかずの鐘の伝説。
★5b.事実と反する嘘を言うと、その言葉が本当になってしまう。
『黄金伝説』30「聖ユリアヌス」 男たちが仲間の1人を牛車に寝かせ、「死体を運ぶ途中だ」と偽って、教会建設作業の手伝いを断る。聖ユリアヌスが「あなたがたの言葉どおりになるように」と言うと、牛車の男は本当に死んでしまう。
『怪鳥(ばけどり)グライフ』(グリム)KHM185 百姓の長男が王女の婿になろうと、りんご(*→〔りんご〕1)を籠に入れて出かける。途中で会った小人に籠の中身を問われ、長男は「蛙の足だ」と嘘を言う。王宮で籠を開けると、蛙の足が出てくる。次男も同様にして、籠の中のりんごが靴刷毛になってしまう。三男ハンスは粘土を籠に入れて出かけるが、「中身はりんごだ」と小人に答える。王宮で籠を開けると黄金のりんごが出てくる。ハンスは王女と結婚して王になる。
*→〔パン〕6の『ドイツ伝説集』(グリム)241「石になったパン」。
*『イソップ寓話集』210「羊飼いの悪戯(*→〔嘘〕6a)」を源泉として流布した、いわゆる「狼少年」の物語では、少年が「狼が来た」と嘘を言って村人たちをだましているうちに、本当に狼がやって来る。これは嘘が本当になった、つまり、少年の言葉に内在する言霊が少年の意図を超えて発動した、と考えることができる。
*嘘のつもりで言ったことが、偶然、現実と一致した→〔嘘〕11の『壁』(サルトル)。
油すまし(水木しげる『図説日本妖怪大全』) 熊本県天草の草積越(くさづみごえ)という山道には、昔から妖怪「油すまし」が住んでいる、といわれていた。明治の頃、お婆さんが草積越を通る時、「今はもういないだろう」と思って、「昔はここらに『油すまし』が出たそうだ」と、孫に教えた。するとガサガサと音がして、「今でもいるぞ!」と言って「油すまし」が出てきた〔*「油すまし」の実態はどんなものであるのか不明〕。
★6.冗談で言った言葉を相手が真にうけ、重大な結果をもたらす。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第33巻45ページ ワカメの友達ミツコちゃんが遊びに来たので、マスオが「ミツコちゃん、僕のお嫁さんにならないかい?」と冗談を言うと、「うん。なる」と答えるので、マスオは笑って自室に引き上げる。夜になってサザエが、「あなた。絶対帰らないって言ってるわよ」と知らせに来る。ミツコちゃんとサザエにはさまれて、マスオは「弱ったね」とつぶやく〔*→〔像〕8bの、人間が像と結婚を約束する物語と類似の発想〕。
『十八史略』巻4「東晋」 東晋孝武帝が酔って、30歳の寵妃張貴人に「汝ももうお払い箱の年令だ」と冗談を言った。張貴人はこれをまことと思い、婢に命じて帝を殺させた。
『醒世恒言』第33話「十五貫戯言成巧禍」 劉旦那が、商売の元手の15貫を愛妾に示し、「お前を売った金だ」と冗談を言う。妾はそれを真に受け、夜の間に家を抜け出て、実家へ向かう。その間に劉旦那は泥棒に殺される。妾と、彼女の道連れになった若者とが、劉旦那殺しの濡れ衣をきせられ、処刑される。
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