立憲主義 近代的立憲主義の現代的変容

立憲主義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/17 02:58 UTC 版)

近代的立憲主義の現代的変容

以上のように、近代的立憲主義は、法による権力の拘束を内容とする消極国家観を基に、フランス、イギリス、合衆国において成立し、19世紀に至って確立された原理である[16]。ところが、2度の世界大戦と世界恐慌を経た現在、各種財政出動等国家権力による介入の要請が強まり、「消極国家から積極国家へ」との標語の下に、近代的立憲主義は現代的な変容を余儀なくされている[16]。もっとも、近代的立憲主義が確立した各国では、あくまで近代の理念を生かす限りでの現代的理念が追求される傾向が強いのに対し、外見的立憲主義が成立したにすぎないドイツ、特に日本では、近代の超克ないし否定といった形で現代的理念が唱道され、個人という概念のアナクロニズム性や古来の慣習や道徳の復権が強調される傾向があるとの指摘がなされている[16]

憲法上の国民の義務

近代憲法は国家権力を制限し憲法の枠にはめ込むことによって権力の濫用を防ぎ人権(特に自由権)を保証することを目的としている。そのため国民の義務に関する規程は憲法の中に重要な地位を与えられていない。近代憲法として最初期に成立したアメリカ合衆国憲法フランス共和国憲法には国民あるいは人民一般に対する明確な義務規定は置かれなかった。一方で武力を維持するため、あるいは行政の諸費用を支弁するための租税を維持するための規程は存在しており(フランス人権宣言13条、アメリカ合衆国連邦憲法1条8節1項)、宮沢によれば「当時の人間は、義務は十二分にしょわされていたのであり、あらためてそれを宣言する必要は少しもなかった」[17] ためである。

アメリカやフランスに遅れて成文憲法を制定した国々の憲法には、義務に関する規定が見られるようになる。フランクフルト憲法やプロイセン憲法、大日本帝国憲法などである[18]

20世紀以降は所有権は義務をともなうという考えが採用された[18]。「所有権は義務をともなう」という条文があるヴァイマル憲法は従来の憲法に比べて極めて多くの義務を規定しており、兵役の義務(133条2項)、納税の義務(134条)、教育の義務(120条)、就学の義務(145条)、名誉職の仕事を引き受ける義務(132条)、公の役務に服する義務(133条1項)、土地所有者の耕作・利用の義務(155条3項)などが規定された。

1948年イタリア憲法でも教育の義務(30条・34条)、祖国防衛と兵役の義務(52条)、納税の義務(53条)、憲法法律遵守義務(54条)が定められた。またドイツ連邦共和国基本法においても子供の保護・教育の義務(6条二項)、兵役および良心的兵役拒否者に対する代役の義務、国民の憲法擁護義務(5条3項、33条4項)が規定されており、人権と民主主義を絶対保障した憲法体制を破壊しようとする者は処罰される[18][19]。ながらく義務規定を置かなかったフランス憲法にも現在では憲法的効力を認められた文書のなかに義務規定が存在する(1958年第五共和制憲法前文)[20]日本国憲法中華人民共和国憲法大韓民国憲法、1993年ロシア連邦憲法、1949年インド憲法などにおいても憲法における義務規定は存在している。19世紀的義務が変わらず科せられている一方で、勤労の義務や環境に関する義務など20世紀になって新たに導入された義務規定が登場するなど、多様化している[21]

権利と義務との関係から憲法に人民の義務について記述すべきだとの主張があり、「教育を受けさせる義務」や納税の義務、あるいはその対等物として参政権を保障すべきだとの主張がある[22]

憲法上の外国人の義務

国民の憲法上の義務については多くの議論がなされているに対して、外国人の当該法適用領域における憲法上の義務に関する議論はほとんどなされていない[23]のが現状である。藤本によれば憲法上の外国人の義務を解するには憲法上に保障される権利と対等である必要はなく、条約および慣習により流動的に調整すればよいとする。

すなわち、憲法には人権規定のみならず義務の規定も置かれるのが通常であり19世紀型憲法から20世紀的憲法に移行するにつれその数も増え内容も多様化しているとはいえ、憲法上の義務は人権と異なりすべて後国家的なものであり憲法で具体的な内容を定めるとしてもおのずから限界がある。それゆえ人権を制限する可能性のある憲法上の義務はなるべく限定的に解し、明示されていない義務は法律レベルで対処すべきとする。


  1. ^ スタンフォード哲学百科事典「Constitutionalism」
  2. ^ a b 重松克也「人権そして立憲民主主義に基づく法教育の意義と題」『法の科学』第47巻、日本評論社、2016年9月、154-157頁。 
  3. ^ a b c d e f フェラマン・1990
  4. ^ 樋口1992420頁
  5. ^ 樋口1992・421頁
  6. ^ 芦部・5頁
  7. ^ 樋口1992・420頁、芦部・5頁、佐藤・4頁、高橋・14頁、長谷部・8頁
  8. ^ 丸山政己「国連安全保障理事会に対する立憲的アプローチの試み : 予備的考察」『山形大学紀要. 社会科学』第40巻第1号、山形大学、2009年7月、33-63頁、CRID 1050282677558311296ISSN 05134684NAID 110007572366 
  9. ^ 小貫幸浩「近代人権宣言と抵抗権の本質について」『早稲田法学会誌』第41巻、早稲田大学法学会、1991年3月、103-150頁、CRID 1050282677484551552hdl:2065/6474ISSN 0511-1951  PDF-P.2
  10. ^ a b 樋口1992・65頁
  11. ^ 樋口1992・93頁
  12. ^ 樋口1992・273頁
  13. ^ 樋口1992・83頁
  14. ^ 樋口1992・15頁
  15. ^ この項目「憲法上の国家緊急権」矢部・山田・山岡(主要国における緊急事態への対処 : 総合調査報告書、国立国会図書館調査及び立法考査局2003-06-17) I 憲法上の国家緊急権 『主要国における緊急事態への対処 総合調査報告』 主要国における緊急事態への対処 : 総合調査報告書 - 国立国会図書館デジタルコレクション から起筆した。
  16. ^ a b c 樋口1992・430頁
  17. ^ 宮沢俊義「憲法Ⅱ(新版)」(1974年)P.103。(藤本富一 2008, p. 188)
  18. ^ a b c 藤本富一 2008, p. 188.
  19. ^ 山岸喜久治「ドイツ連邦共和国における政党禁止の法理」『早稲田法学』第67巻第3号、早稲田大学法学会、1992年2月、81-156頁、CRID 1050282677444383744hdl:2065/2190ISSN 0389-0546 
  20. ^ 藤本富一 2008, p. 190.
  21. ^ 藤本富一 2008, p. 192.
  22. ^ 藤本富一 2008, p. 187, 205, 脚注34.
  23. ^ 藤本富一 2008, p. 186.


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