CHAOS時代
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2010年1月4日、内藤と共にヘビー級へ転向を宣言し新日本に凱旋する。レッスルキングダムIVの舞台でチーム3D(ブラザー・レイ&ブラザー・ディーボン組)が保持するIWGPタッグ王座に挑戦(この試合は3wayマッチとして行われ、もう一組の挑戦者はジャイアント・バーナード&カール・アンダーソン組)。この試合に勝利し、第55代IWGPタッグ王者に就いた。3月5日よりリングネームを本名である「高橋裕二郎」に変更して再始動する。4月4日、内藤と共にヒールユニット「CHAOS」に加入した。 5月3日、レスリングどんたく 2010にて、青義軍(永田裕志&井上亘組)、BAD INTENTIONS(バーナード&アンダーソン組)を相手にIWGPタッグ選手権試合3WAYマッチを行うも、井上がアンダーソンからピンフォール勝ちを収めたため、同王座から陥落した。高橋は試合終了後、「俺たちは負けていない」コメントを残し、内藤と共に再戦を訴える。翌6月19日に3WAYイリミネーションルール、7月19日に巴戦ルールとして同カードが実現したが、いずれも敗北を喫し、返り咲きはならなかった。 10月、G1 TAG LEAGUEではNO LIMITとして出場。リーグ戦をBブロック1位で通過してトーナメント準決勝で日墨マッスルオーケストラ(中西学&ストロングマン組)に勝利するも、決勝戦で青義軍(永田&井上組)に敗れ、準優勝となった。 2011年3月のNEW JAPAN CUP(以降NJC)に出場するも、一回戦の中西戦で敗退した。その後、シングルで目覚ましい成果を出し始めた内藤とは対照的に全く結果を残せない状態が続き、次第にパートナーの内藤との間に不協和音が生じた。4月3日後楽園ホール大会の試合後に握手を交わし、一時は関係が修復したものの5月3日、レスリングどんたく 2011にてBAD INTENTIONSが保持するIWGPタッグ王座に挑戦したが敗れた。試合後、高橋は内藤をリング上で置き去りにして早々と退場した。26日、高橋は田中将斗を加えた6人タッグマッチの試合中に内藤からのタッチを拒否したり、背後から攻撃を仕掛けるといった行動を起こした。試合終了後、高橋は内藤を東京ピンプスで追撃した後に「コンプリート・プレイヤーズ」と結託しNO LIMITの解散を宣言、同時に内藤をCHAOSから追放した。 その後、高橋は内藤と抗争を展開して6月18日、DOMINION6.18の舞台で内藤とシングルマッチで対戦し、東京ピンプスで快勝を収める。8月のG1 CLIMAXでは公式戦で再び内藤と対戦し勝利を収めたが9月19日神戸大会で敗れる。対内藤戦における戦績で初の黒星を喫した。 12月24日、高橋は後楽園大会にて後藤洋央紀とのシングル戦の試合前にマイクでセクシャル口撃を浴びせ、この日を境に発言、行動と共にR指定キャラを前面に押し出している。2012年に入ってからはサングラスを掛け、腰にピンクのバスタオルを巻いて入場し、リングサイドに女性ファンがいると抱擁やキスをせがんで来る、セクシー女優を侍らせて入場する、試合前には対戦相手を罵る、会場内の女性を口説くといったマイクアピールで観衆からブーイングや顰蹙を買っている。 8月、三年連続でG1に出場し初開催となる新潟市体育館で棚橋弘至と対戦。高橋が地元新潟の出身ということもあり、「裕二郎」コールを湧き上がらせる健闘を見せた。結果的に敗れ、3勝5敗と予選落ちとなるも今大会でいくつもの好勝負を繰り広げ、その才能を開花させた。 その後、高橋はG1公式リーグ戦中に膝を負傷した内藤を付け狙った。10月8日、KING OF PRO-WRESTLINGにて内藤と対決、高橋は内藤の負傷している膝を徹底的に攻めてレフェリーストップ勝ちを収めると、試合後にも椅子で内藤の膝を打ち付け、ついに内藤を長期欠場に追い込んだ。そして同大会メインイベント終了後、IWGPヘビー級王座の防衛に成功した棚橋の前に姿を現し、10年前の2002年に棚橋の身に起こった刺傷事件 を引っ張り出したマイクアピールで同王座に挑戦を表明した。11月11日、POWER STRUGGLEにて棚橋の保持するIWGPヘビー級王座に初挑戦したが、棚橋のハイフライフローでピンフォール負けを喫した。 2013年2月、真壁刀義との抗争を展開させるが、負け越しのままで終結した。 4月、プロレスリング・ノアのグローバル・タッグ・リーグ戦にマイバッハ谷口とのタッグで出場。同大会終了後もノアへの参戦を続けていたものの、6月2日の博多スターレーン大会における高橋&谷口vs丸藤正道&モハメド・ヨネ戦で自身のスピアーが誤爆して谷口がピンフォール負けを奪われ、谷口がラリアットを見舞ったことでタッグを解消。6月30日の後楽園ホール大会で谷口との完全決着戦を行ったものの谷口の反則負けにより抗争は終了した。 10月14日のKING OF PRO-WRESTLINGの舞台では、内藤の保持する東京ドーム・IWGPヘビー級王座挑戦権利証ならびにNEVER無差別級王座に挑戦したが、敗れて奪取には至らなかった。
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