1938 FIFAワールドカップ・予選
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/06 03:50 UTC 版)
1938 FIFAワールドカップ 地区予選は、開催国と前回大会優勝国を含めて37のナショナルチームがエントリーした。FIFAの2大会連続でヨーロッパでワールドカップを開催するという決定は、大会が2つの大陸の間で交互に行われると考えていた南アメリカで大問題になり、ウルグアイやアルゼンチン等が参加を辞退した。
また、開催国と前回大会優勝国が自動的に予選を免除された初めての大会である。本大会に出場できるのは16チームで、初出場したのはノルウェー、ポーランド、キューバ、オランダ領東インドである。
出場枠
欧州
(UEFA) |
南米
(CONMEBOL) |
北中米カリブ海
(CONCACAF) |
アフリカ
(CAF) |
アジア
(AFC) |
オセアニア
(OFC) |
開催国
|
合計
|
|
本大会 出場枠 |
10.5 | 1 | 1 | 0.5 | 1 | 0 | 1 | 16 |
予選の方式
大陸別にグループを組んで、限られた上位のチームが本大会へ出場できる。それぞれグループの予選方法は以下の通りである。なお、スペインはスペイン内戦により、抽選前に棄権した。
- ヨーロッパ(エジプトと委任統治パレスチナ代表を含む)
- グループ1 - 4チームで6試合行われる。上位2チームが出場。
- グループ2 - 2チームで2試合行われる。合計の得点で多かったチームが出場。
- グループ3 - 2チームで2試合行われる。合計の得点で多かったチームが出場。
- グループ4 - 2チームで2試合行われる。合計の得点で多かったチームが出場。
- グループ5 - 2チームで1試合行われる。勝利チームが出場。
- グループ6 - 3チームでトーナメント方式で行う(1次ラウンド(2試合)・決勝(1試合))。決勝戦の勝者が出場。
- グループ7 - 2チームで2試合行われる。合計の得点で多かったチームが出場。
- グループ8 - 3チームでトーナメント方式で行う(1次ラウンド(2試合)・決勝(1試合))。決勝戦の勝者が出場。
- グループ9 - 3チームで3試合行われる。上位2チームが出場。
- 南米
- グループ10 - 2チームで2試合行われる。合計の得点で多かったチームが出場。
- 北中米
- グループ11 - 7チームが出場権を争う。1位のチームが出場。
- アジア
- グループ12 - 2チームで2試合行われる。合計の得点で多かったチームが出場。
各グループ予選
グループ1
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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6 | 3 | 3 | 0 | 0 | 11 | 1 | +10 |
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4 | 3 | 2 | 0 | 1 | 11 | 7 | +4 |
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2 | 3 | 1 | 0 | 2 | 4 | 11 | -7 |
![]() |
0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 0 | 7 | -7 |
グループ2
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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3 | 2 | 1 | 1 | 0 | 6 | 5 | +1 |
![]() |
1 | 2 | 0 | 1 | 1 | 5 | 6 | -1 |
グループ3
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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2 | 2 | 1 | 0 | 1 | 4 | 1 | +3 |
![]() |
2 | 2 | 1 | 0 | 1 | 1 | 4 | -3 |
グループ4
グループ5
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 1 | +1 |
![]() |
0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 2 | -1 |
グループ6
1次ラウンド
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() |
4 | 2 | 2 | 0 | 0 | 4 | 1 | +1 |
![]() |
0 | 2 | 0 | 0 | 2 | 1 | 4 | -3 |
決勝ラウンド
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() |
2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 11 | 1 | +10 |
![]() |
0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 11 | -10 |
グループ7
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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3 | 2 | 1 | 1 | 0 | 7 | 1 | +6 |
![]() |
1 | 2 | 0 | 1 | 1 | 1 | 7 | -6 |
グループ8
1次ラウンド
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() |
4 | 2 | 2 | 0 | 0 | 9 | 3 | +6 |
![]() |
0 | 2 | 0 | 0 | 2 | 3 | 9 | -6 |
決勝ラウンド
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() |
2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 1 | +1 |
![]() |
0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 2 | -1 |
グループ9
チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() |
3 | 2 | 1 | 1 | 0 | 5 | 1 | +4 |
![]() |
3 | 2 | 1 | 1 | 0 | 4 | 3 | +1 |
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0 | 2 | 0 | 0 | 2 | 0 | 7 | -7 |
グループ10
アルゼンチンが参加を辞退したため、ブラジルの出場が決定した。
グループ11
コロンビア、コスタリカ、オランダ領ギアナ、エルサルバドル、メキシコ、アメリカが参加を辞退したためキューバの出場が決定した。
グループ12
日本が参加を辞退したため、オランダ領東インドの出場が決定した。
本大会出場チーム
ヨーロッパ
フランス(開催国・3大会連続3度目)
イタリア(前回優勝国・2大会連続2度目)
チェコスロバキア(前回準優勝国・2大会連続2度目)
ドイツ(前回3位・2大会連続2度目)
ベルギー(3大会連続3度目)
ルーマニア(3大会連続3度目)
オランダ(2大会連続2度目)
スイス(2大会連続2度目)
スウェーデン(2大会連続2度目)
ハンガリー(2大会連続2度目)
ノルウェー(初出場)
ポーランド(初出場)
- (
オーストリアはアンシュルスによりドイツに併合されたため本大会不参加。FIFAは空いた出場枠をイングランドに与えようとしたが拒否された[1]ため、本大会は15チームで開催された。)
南米
ブラジル(3大会連続3度目)
北中米カリブ海
キューバ(初出場)
アジア
オランダ領東インド(初出場)
脚注
- ^ “1938 FIFA World Cup France ™ - Preliminaries - FIFA.com”. web.archive.org (2013年12月20日). 2022年6月25日閲覧。
外部リンク
「1938 FIFAワールドカップ・予選」の例文・使い方・用例・文例
- 白亜紀以来絶滅したと考えられた魚だが、1938年にアフリカの海岸沖で発見された
- トルコの政治家で、カリフ統治を撤廃して、現代の非神政国家として、トルコを設立した(1881年−1938年)
- 米国のテニス・プレーヤーで、1938年にオーストラリア、フランス、英国、米国の同じ年のシングルス選手権で初めて優勝した(1915年−2000年)
- チェコの作家で、英語へ『ロボット』という言葉を取り入れた(1890年−1938年)
- 米国の法律家で、勝目のないものの弁護で有名(1857年−1938年)
- デンマーク人の医師、細菌学者で、バクテリアを染色して区別する方法を開発した(1853年−1938年)
- 太陽黒点が強い磁場と関係しているということを発見した米国の天文学者(1868年−1938年)
- ドイツの哲学者で、現象論を発展させた(1859年−1938年)
- 1975年以来スペインの王(1938年生まれ)
- ドイツの表現主義の画家(1880年−1938年)
- 米国の料理人で、免疫のある腸チフス保菌者であり、何十人もの人々に感染させた(1870年−1938年)
- ロシアの詩人で、収容所で死んだ(1891年−1938年)
- ロシアのダンサー(1938年生まれ)で、しばしばデイム・マーゴ・フォンテーンのパートナーであり、1961年、米国に亡命した
- 米国の作家(1938年生まれ)
- 米国のジャズ音楽家で、ルイ・アームストロングの音楽スタイルに影響を与えた(1885年−1938年)
- 米国のバスケットボールのガード(1938年生まれ)
- ロシアの俳優、舞台演出家で、俳優を彼らの役柄に対する心理的なモチベーションを強調するために訓練した(1863年−1938年)
- 米国の作家(1860年−1938年)
- 米国の作家で、彼の自伝小説によってよく知られる(1900年−1938年)
- 米国の映画女優(1938年−1981年)
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