関脇陥落後の復帰とは? わかりやすく解説

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関脇陥落後の復帰

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/03 05:04 UTC 版)

角番」の記事における「関脇陥落後の復帰」の解説

関脇陥落直後の場所で10勝以上を挙げて特例復帰した力士は、三重ノ海貴ノ浪武双山栃東栃ノ心貴景勝の6人である。三重ノ海照ノ富士大関転落者で横綱昇進果たし栃東2度特例復帰達成している。陥落場所で優勝した力士はいない(貴景勝優勝同点成績残している)。 関脇陥落場所の成績 場所地位四股名成績備考1972年昭和47年5月場所張出関脇 前の山太郎 7勝8敗 1974年昭和49年7月場所張出関脇 大受久晃 9勝6敗 1976年昭和51年1月場所 西関脇 魁傑將晃 7勝8敗 のち再昇進 1976年昭和51年7月場所 西張出関脇 三重ノ海剛司10勝5敗 特例復帰 1977年昭和52年11月場所 西関脇 魁傑將晃(2) 6勝9敗 1985年昭和60年9月場所張出関脇 琴風豪規 公傷全休 1993年平成5年3月場所 西張出関脇 霧島一博 公傷→5勝101994年平成6年1月場所 西張出関脇 小錦八十吉 2勝132000年平成12年1月場所 西関脇2 貴ノ浪貞博 10勝5敗 特例復帰 2000年平成12年7月場所 西関脇2 貴ノ浪貞博(2) 7勝8敗 2000年平成12年9月場所 西関脇 武双山正士 10勝5敗 特例復帰 2001年平成13年9月場所 西関脇 出島武春 5勝102002年平成14年1月場所 東関脇2 雅山哲士 公傷全休 2004年平成16年7月場所 西関脇2 栃東大裕 10勝5敗 特例復帰 2005年平成17年1月場所 西関脇2 栃東大裕(2) 11勝4敗 特例再復帰 2010年平成22年1月場所 西関脇 千代大海龍二 0勝4敗 現役引退 2013年平成25年1月場所 西関脇 把瑠都凱斗 8勝7敗 2014年平成26年1月場所 西関脇 琴欧洲勝紀 8勝7敗 2017年平成29年3月場所 東関脇2 琴奨菊和弘 9勝6敗 2017年平成29年11月場所 東関脇2 照ノ富士春雄 ☆ 0勝5敗10休 のち再昇進 2019年令和元年5月場所 西関脇 栃ノ心剛史 10勝5敗 特例復帰 2019年令和元年9月場所 西関脇 貴景勝光信 12勝3敗(●御嶽海特例復帰優勝同点()優勝決定戦 2019年令和元年11月場所 西関脇 栃ノ心剛史(2) 2勝3敗102020年令和2年1月場所 西関脇 髙安晃 6勝9敗 2021年令和3年9月場所 東関脇2 朝乃山英樹 全休 出場停止処分 この内公傷適用切れて全休した琴風雅山二人平幕下位転落休場明けの場所で、琴風1985年11月場所)は東前10目で0勝4敗(現役引退)、雅山2002年3月場所)は東前頭8目で9勝6敗。 ☆の力士横綱昇進太字照ノ富士貴景勝大関上の地位で、斜字の栃ノ心髙安朝乃山関脇以下地位で、2022年3月場所時点において現役中朝乃山自身不祥事により、6場所連続出場停止処分の為、2021年7月場所では角番脱出機会を失うこととなり関脇転落。更に翌9月場所で、大関特例復帰機会失い平幕下位へと転落することとなった

※この「関脇陥落後の復帰」の解説は、「角番」の解説の一部です。
「関脇陥落後の復帰」を含む「角番」の記事については、「角番」の概要を参照ください。

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