賤母大橋とは? わかりやすく解説

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賤母大橋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/23 15:08 UTC 版)

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賤母大橋
基本情報
日本
所在地 岐阜県中津川市山口 - 長野県木曽郡南木曽町田立
交差物件 木曽川
用途 道路橋
路線名 国道19号
管理者 国土交通省中部地方整備局
竣工 片山ストラテックコミヤマ工業日立造船
開通 1987年(昭和62年)12月
座標 北緯35度35分7.2秒 東経137度33分48.5秒 / 北緯35.585333度 東経137.563472度 / 35.585333; 137.563472 (賤母大橋)
構造諸元
形式 トラス橋
材料
全長 191.0 m
12.0 m
最大支間長 68.3 m
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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賤母大橋(しずもおおはし)は、岐阜県中津川市長野県木曽郡南木曽町木曽川に架かる国道19号国道256号重用)のである。

開通当時は、長野県木曽郡山口村と南木曽町を結ぶ長野県内の橋であったが、2005年平成17年)、山口村が岐阜県中津川市に編入されたことにより、現在は岐阜県と長野県の県境の橋になっている。

概要

[1]

歴史

明治時代中山道の改良工事が進められたが、馬籠宿妻籠宿付近の勾配が激しいため、それを迂回する道として1892年明治25年)に木曽川沿いに新道(賎母新道)が開通する。1955年昭和30年)の山口ダムの完成の為水没し、トンネル(賎母隧道)への付け替えが行なわれた。

昭和40年代以降のモータリゼーションによる交通量増加で慢性的な渋滞が発生したため、旧中央本線(1972年〈昭和47年〉に島田トンネル完成で付替)の跡地を利用したバイパス建設が着手される。このバイパスに接続するために新たに架橋されたのが賤母大橋である。延長191.0 m、幅員12.0 mとして1987年(昭和62年)12月に供用を開始した。

その他

上流約1キロメートルに山口ダムがある。ダムの下流には「矢筈橋」という橋があり、山口ダムにより水没した旧々国道19号と接続していたが、現在は通行できない。

脚注

[脚注の使い方]

注釈

出典

  1. ^ 橋梁年鑑 昭和62年版 (PDF)”. 日本橋梁建設協会. pp. 194, 195. 2021年9月26日閲覧。



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