水害史とは? わかりやすく解説

水害史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/20 04:59 UTC 版)

桂川 (淀川水系)」の記事における「水害史」の解説

桂川嵐山より下流明治以降だけと区切っても、1885年明治18年7月台風1889年明治22年8月台風1896年明治29年)7.8.9月の台風1907年明治40年8月台風1917年大正6年10月台風大正大水害」・1950年昭和25年9月ジェーン台風1953年昭和28年9月台風13号1967年7月7-12日かけての梅雨、などで桂川堤防破堤小畑川などの支流破堤桂川からの逆流による水害多数発生している。このほか1935年昭和10年6月鴨川水害のときにも天神川御室川氾濫水害河川付け替え工事が行なわれている。 また2013年9月台風18号では、湿った北風桂川源流丹波山地ぶつかり大量豪雨降り注ぎ南丹市園部町横田園部川決壊保津峡ボトルネックになる亀岡駅周辺では浸水して池のようになるなど、亀岡市南丹市京丹波町の2市1町で床上浸水131戸、床下浸水400戸を出し亀岡市浄水場取水口濁流流れ込み一時亀岡市内が断水した嵐山地区では渡月橋付近からあふれ出し周辺浸水させ、周辺旅館では宿泊客ボート載せて避難させ、中ノ島取り残されていた飲食店従業員12名は消防隊により午前6時半までに助け出された。支流有栖川溢れ右京区梅津地区・さらに鴨川合流する伏見区羽束師付近でも床上浸水するなど大きな被害発生した西京区向日市水害対策切り札「いろは呑龍トンネル貯水能力10万7千m2)」も特別警報発表される前の16日午前4時半ごろに満水してしまい向日市寺戸床上浸水4戸床下浸水102戸を出した。 この水害受けて国土交通省近畿地方整備局淀川河川事務所嵐山地区河川はん濫対策のため渡月橋下流200mにある桂川6号井堰撤去決めた桂川6号井堰渡月橋周辺の景観保持のために1963年設置された。この堰の完成により渡月橋付近河床低下防げようになったが、洪水時に水面を30cm上昇させることがわかったため撤去されることになった。堰の撤去により河床最大1.7m低下することが予想されるため、現在の護岸基礎よりも深く掘れてしまうほかコンクリートブロック河床露出する可能性がある。そのため自然石風とした護岸改築含めた桂川6号井堰撤去工事2016年から2017年にかけて実施された。また、2018年12月10日渡月橋上流左岸全国初の可動式止水壁2019年度中に設置することを決定した

※この「水害史」の解説は、「桂川 (淀川水系)」の解説の一部です。
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