日本手話における数
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/10 05:57 UTC 版)
言語学における数(すう)とは、語を語形変化させる文法カテゴリーの一つである。 名詞などでは、その語が指示する対象の数量的な相違を表している。例えば、英語でcatと言えば一匹の猫、catsと言えば何匹もの猫を指している。動詞や形容詞などでは、その主語や被修飾語などの名詞が指す対象の数量的な相違を表す。例えば、ラテン語で、amatは「彼/彼女は愛する」(主語は一人)であるが、amantは「彼ら/彼女らは愛する」(主語は二人以上)である。 指示対象の数量が1であるものを単数、それ以上であるものを複数と呼んでいる。また言語によっては、単数・複数以外に、2をあらわすのに特別な形式をもつものがあり、これを双数(あるいは両数)と呼んでいる。双数は主に、目・耳・腕・足など、1対になっているものに用いる。双数を有する言語の代表例はアラビア語である。 音声日本語では名詞の複数を表す「たち」「ら」「ども」といった接尾辞がある。しかし、英語と異なり、「猫たち」といっても,猫を含めて他の動物が一緒に複数いることを表す場合もある。そのため「山田君たち」という表現が成立し、それは何人もの山田君がいるのではなく、山田君を代表とする幾人かの人々がいることを示している。つまりこれら接尾辞は、文法上の数を表現するものではない。また,一般には無生物には用いられない。そのほか、「人々」「山々」「国々」など名詞を反復する言い方もあるが、これも特定の名詞にしか用いられず、「机々」などとは言わない。このように音声日本語には、文法上の数は存在しないとされる。 日本手話においても文法上の数は存在しないと見られている。しかし音声日本語と同様,名詞の複数を示す「〜たち」という接尾辞があり音声日本語とほぼ同じ働きを示す。くわえて同種のものが複数という意味の「〜いろいろ」という接尾辞の使用も確認されている。これは「トンカチ」+「のこぎり」+「〜いろいろ」とすると「道具」。「うどん」+「ラーメン」+「〜いろいろ」とすると「麺類」となり,同種の物が属する上位概念を表す際に用いられている。 画像:日本手話の接尾辞「〜たち」「〜いろいろ」 〜たち:複数ある物を示す。「男」+「〜たち」で「彼ら」。「家」+「〜たち」では「それらの家」。 〜いろいろ:同種の物が複数あることを示す。「ピアノ」+「バイオリン」+「〜いろいろ」で「楽器」。「食べる」+「いろいろ」で「食物」など。 CL構文において単数形,全数形などの「ふるまい」を示すいくつかの表現が知られているが,文法上の「数(すう)」を規定すると言える程度のものかどうかは同定されていない。以下はそのいくつかの例で,「会う」,「同じ」,「一致」という手話の解説である。 下の画像はCL構文の際に見られる「会う」という手話の変化の様子を示したものである。「会う1と1」はいわば“ニュートラル”で単数,複数形共に用いられる。たとえば,「彼と会う」というときも「みんなに会う」というときも用いられる。 しかし,「会う1と2」,「会う1と3」,「会う1と4」は非利き手で示される数に正確に対応する数の者と会うことが規定される。つまりこれらの表現はかならず,「一人と二人が会う」,「一人と三人が会う」,「一人と四人が会う」となる。 一方「会う1と5」は「全数形」で「一人と五人が会う」ではなく「一人とグループ全体が会う」と理解される。そのため「加わる」,「(卒業,結婚)式」という手話はこの形が用いられている。つまり「グループに加わる」,「グループとして式を行う」という概念が反映されている。 画像:日本手話の「会う」のCL構文中の変化。 会う:この形は一般的な(辞書型の)「会う」。対象が単数でも複数でも用いられる。CL構文になると「一人と一人が会う」と理解される。 会う1と2:CL構文の「一人と二人が会う」。 会う1と3:CL構文の「一人と三人が会う」。 会う1と4:CL構文の「一人と四人が会う」。 会う1と5(全数形):CL構文の「一人とグループが会う」。 加わる:グループの中に自分が入るという形になっている。 加わる(つづき)5人の中に加わるという意味では用いられない。 〜式:立てられた指は「人」を表し,いっせいにお辞儀をする様子が示されている。このとき10人の者がお辞儀をするという意味ではなく,「集合した全体」がお辞儀をするという意味で,やはり「五指=全数形」とみなすことができる。 下の画像は「同じ」「一致」「作る」という手話である。この表現だけでは説明される主語が単数なのか複数なのかははっきりしない。ところが,下段のように地面に平行に円の軌跡を描いて「同じ」「一致」「作る」と示される時,必ず主語は複数形であることが前提となる。つまり,この形を見れば対象が伏せられていても「たくさんの〜」「多くの〜」の事だと了解できるという意味である。 同じ:数についてはニュートラルで単数,複数どちらにでも用いる。 一致:数についてはニュートラルで単数,複数どちらにでも用いる。 作る:数についてはニュートラルで単数,複数どちらにでも用いる。 画像:複数のものを示す述語「同じ」「一致」「作る」。 (複数の物が)同じ: (続き) (複数の物が)一致している: (続き) (複数の物を)作る:
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