戸村一作とは? わかりやすく解説

戸村一作

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/06 00:13 UTC 版)

戸村 一作(とむら いっさく、1909年明治42年)5月29日 - 1979年昭和54年)11月2日)は、市民運動農民運動活動家、政治家(元成田市議会議員)。特に三里塚芝山連合空港反対同盟委員長を務めた三里塚闘争(成田闘争)での活動で知られ、画家彫刻家でもあった。


注釈

  1. ^ 肋膜炎の痕が見つかったからとも[4]
  2. ^ 病室で戸村は「なぜあの時、おれは機動隊に向かっていかなかったのか」と繰り返しており、戸村夫人は初めて夫が泣く姿を見た[4]
  3. ^ ただし、友納が持参した蘭の鉢植えは受け取っている[2]
  4. ^ 1978年の開港は、基本計画の半分に相当する一期地区のみによるものであった。
  5. ^ この間に反対同盟幹部と政府要人との交渉が行われていたことが明らかとなると「あの四人組を打倒しなくてどうするんだ」と病床で烈火のごとく怒っていたという[20]
  6. ^ ヨハネによる福音書 8-32
  7. ^ 北原鉱治の回想によれば、空港問題が起きる前からも戸村は教会に牧師が派遣されてくるたびに衝突を繰り返していたという[25]
  8. ^ 教団千葉支区の公式サイトでは、新設された教会のみが紹介されている[26]
  9. ^ 夫人は開港から10年後に成田空港を初めて利用し、北海道に帰省した[4]
  10. ^ 天浪共同墓地にある墓に対する代執行を恐れた小川明治の遺族が空港公団への墓地の売却に応じたときには、反対派の主だった者たちが理解を示して改葬に協力する中で、戸村はこれを頑なに承知せず、改葬式では「お宅のお父さんは骨のある人だった」と嫌味を言い、翌年の反対同盟訪中では小川の妻の同行を拒絶した[32]
  11. ^ 晩年、戸村が入院中の日赤病院から発した談話の中に「しょせん農民はテーブルに着けば条件派になってしまうのだ」という発言が含まれていたが、影響を考慮した同盟幹部によって削除されている。また、自分が参議院選挙に出馬した際に批判的であった青年行動隊に対しても遺恨を残していた[20]

出典

  1. ^ a b c d 三里塚教会を守ったクリスチャン”. 公益財団法人ギャラリーエークワッド. 2019年9月4日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m アプター 1986, pp. 166–188.
  3. ^ a b c d e f g h 伊藤 2017, pp. 17–22.
  4. ^ a b c d e f g h i j “証言 私の昭和23 怒りの台地 廃港への執念 今も脈々と”. 朝日新聞(千葉版): 18. (1989-02-16). 
  5. ^ a b c 第101回国会 衆議院 運輸委員会 第4号 昭和59年4月13日PDF) - 国会会議録検索システム2021年2月10日閲覧。
  6. ^ 大坪 1978, pp. 43–44.
  7. ^ アプター 1986, pp. 194–195.
  8. ^ 飯高 1976, pp. 8–9.
  9. ^ a b c d 鷲田小彌太『あの有名人101人にみる 理想の逝き方』PHP文庫、2012年。
  10. ^ 岩垂, 弘 (2006年2月18日). “もの書きを目指す人びとへ”. www.econfn.com. イーコン. 2021年2月11日閲覧。
  11. ^ 前田 2005, pp. 77–78.
  12. ^ a b c d 飯高 1976, pp. 107–108.
  13. ^ 大坪 1978, p. 81.
  14. ^ a b c 伊藤 2017, pp. 207–209.
  15. ^ 伊藤 2017, p. 74.
  16. ^ a b 伊藤 2017, pp. 223–235.
  17. ^ 3.26直後の財界の休戦申し入れ顛末
  18. ^ 公安調査庁 1993, p. 37.
  19. ^ 水道関連事故事例について(平成14年度以前)”. 厚生労働省. 2017年6月2日閲覧。
  20. ^ a b 針生 1980, pp. 35–37.
  21. ^ a b 原口 2000, pp. 226–227.
  22. ^ a b c d 伊藤 2017, p. 86.
  23. ^ 公安調査庁 1993, pp. 43–44.
  24. ^ 三里塚教会問題を担う会 1996, pp. 18–41.
  25. ^ a b 北原 1996, p. 27.
  26. ^ 三里塚教会”. chiba-shiku.org. 日本キリスト教団 東京教区千葉支区. 2019年6月11日閲覧。
  27. ^ 桑折 2013, p. 80.
  28. ^ 飯高 1976, p. 117.
  29. ^ 戸村 1974, pp. 70–71.
  30. ^ 飯高 1976, pp. 83–84.
  31. ^ 北原 1996, p. 47.
  32. ^ 桑折 2013, pp. 77–78.
  33. ^ a b 北原 1996, p. 29.
  34. ^ 尾瀬あきらぼくの村の話 1巻』講談社東京都、1992年、61頁。ISBN 978-4-06-328305-1。"第3話 ベトナム戦争"。 


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