応急救護用電話の歴史とは? わかりやすく解説

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応急救護用電話の歴史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/02 02:03 UTC 版)

119番」の記事における「応急救護用電話の歴史」の解説

1935年昭和10年)、自動車普及により交通事故急増していた東京市では、警視庁消防部現場で応急処置ならびに最寄り救急病院への搬送目的とし、6つ消防署丸の内品川麹町大塚荒川城東)に救急隊編成することを決めた。その救急車6台の購入費用財団法人原田積善会からの寄付金によった同年10月10日小栗一雄警視総監より東京逓信局長に対し応急救護電話」の仕組み創設要請され逓信省がそれに応えた火災交通事故などの傷痍救護のために救急車出動求め場合自動交換式の電話では「119」を、手動交換式の場合交換局を呼出して、単に『火事』または『救急車』と告げれば最寄り消防官署へ無料接続してもらえることになったのである。これは応急救護電話呼ばれた昭和10年 逓信省告示第3340号(12月29日)"火災報知又ハ応急救護電話ニ関スル件" 特に定め地域内において出火がある場合、または交通事故その他の常事故による疾病救護のため救急車出動求め場合電話によりこれを消防官署(交通事故等による疾病者がある場合報知応急救護施設併置するものに限る)に報知するときは、自動交換方式電話機による場合別に定め火災報知電話番号用い、また手動交換方式電話機による場合所属交換取扱局を呼出し、単に「火事」または「救急車」と告げ消防官署に接続されるのを待ってこれと通話すべし。交換取扱局において前項後段申出受けたときは直ち便宜認め消防官署に接続通話せしむ 第一項の地域は関係電話官署にこれを掲示する 大正十四十月逓信省告示四百四十八号はこれを廃止する 1936年昭和11年1月20日警視庁消防部救急司令を置き救護事務開始した救急車導入他所において先行例があるが、119番通報連動させた救急隊としてはこれが日本初である。 昭和11年中における救急隊総出回数1,022のうち491回(48%)が交通事故よるもので、また市民からの応急救護電話などによる要請出動したものは総出回数1022のうち472回(46%)もあり、さっそく電話通報システム成果挙げている。同年中に名古屋市横浜市京都市福岡市小倉市戸畑市にも導入された。 市町村条例行なわれてきた応急救護業務国家法律により定められたのは、1962年昭和37年)の消防法改正第35条の5)による。これにより1964年昭和39年4月10日以降人口10万人以上の都市では消防本部救急隊を置くことが義務つけられた。当時国家消防本部厚生省調査では自治体条例によって85都市応急救護業務行なっていたが、法改正により義務づけられた都市105あり、そのうち20都市あらたな対応に迫られたという。

※この「応急救護用電話の歴史」の解説は、「119番」の解説の一部です。
「応急救護用電話の歴史」を含む「119番」の記事については、「119番」の概要を参照ください。

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