志賀直哉旧居(奈良文化女子短期大学セミナーハウス)主屋
名称: | 志賀直哉旧居(奈良文化女子短期大学セミナーハウス)主屋 |
ふりがな: | しがなおやきゅうきょ(ならぶんかじょしたんきだいがくせみなーはうす)しゅおく |
登録番号: | 29 - 0034 |
員数(数): | 1 |
員数(単位): | 棟 |
構造: | 木造2階建、瓦葺、建築面積411㎡ |
時代区分: | 昭和前 |
年代: | 昭和3 |
代表都道府県: | 奈良県 |
所在地: | 奈良県奈良市高畑町1237-2 |
登録基準: | 造形の規範となっているもの |
備考(調査): | 『文化財建造物の保存状況及び現状の価値に関する調査』(奈良県建築士会、2000) |
施工者: | |
解説文: | 志賀直哉が昭和4年から同13年まで居住した住宅で,設計は氏自身の手になるといわれる。数寄屋造を基調としながら,これに洋風の娯楽室や民家風のサンルームを組込んだ自由なデザインや,合理的な間取りからは当時の文化人の精神が活き活きと伝わってくる。 |
志賀直哉旧居(奈良文化女子短期大学セミナーハウス)表門
名称: | 志賀直哉旧居(奈良文化女子短期大学セミナーハウス)表門 |
ふりがな: | しがなおやきゅうきょ(ならぶんかじょしたんきだいがくせみなーはうす)おもてもん |
登録番号: | 29 - 0035 |
員数(数): | 1 |
員数(単位): | 棟 |
構造: | 木造、瓦葺、間口1.9m |
時代区分: | 昭和前 |
年代: | 昭和3 |
代表都道府県: | 奈良県 |
所在地: | 奈良県奈良市高畑町1237-2 |
登録基準: | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
備考(調査): | 『文化財建造物の保存状況及び現状の価値に関する調査』(奈良県建築士会、2000) |
施工者: | |
解説文: | 土塀に囲まれた敷地の北西隅付近に開く住宅の正門で,住宅と同時期に建てられた。門を入ってすぐの石畳を伝って真っ直ぐ進むと玄関に至る。桟瓦葺の1間腕木門は門柱両側に袖塀がつき,屋根を寄棟造とするのは文人の居宅の門にふさわしく,瀟洒な感を与える。 |
志賀直哉旧居(奈良文化女子短期大学セミナーハウス)塀
名称: | 志賀直哉旧居(奈良文化女子短期大学セミナーハウス)塀 |
ふりがな: | しがなおやきゅうきょ(ならぶんかじょしたんきだいがくせみなーはうす)へい |
登録番号: | 29 - 0036 |
員数(数): | 1 |
員数(単位): | 棟 |
構造: | 土塀、瓦葺、延長85m |
時代区分: | 昭和前 |
年代: | 昭和3 |
代表都道府県: | 奈良県 |
所在地: | 奈良県奈良市高畑町1237-2 |
登録基準: | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
備考(調査): | 『文化財建造物の保存状況及び現状の価値に関する調査』(奈良県建築士会、2000) |
施工者: | |
解説文: | 旧居の建つ一画は往時の春日大社社家町で,現在でも敷地周囲に土塀を巡らす敷地が多く,この地域の伝統的な景観を形成している。この土塀もそうした伝統に則った形態と意匠を保持しており,地域の歴史的な景観に寄与している。 |
その他工作物: | 弥生正緑館 志村家住宅門及び石垣 志賀直哉旧居 志賀直哉旧居 成子家住宅塀 成子家住宅表門 新井家住宅塀 |
志賀直哉旧居
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/22 07:12 UTC 版)
志賀直哉旧居(しがなおやきゅうきょ)は、小説家志賀直哉が生前に住んでいた住居。数か所が保存されている。
- 1 志賀直哉旧居とは
- 2 志賀直哉旧居の概要
志賀直哉旧居
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/11 17:06 UTC 版)
東土堂町8-28(北緯34度24分31秒 東経133度11分57秒 / 北緯34.40861度 東経133.19917度 / 34.40861; 133.19917)。 1912年(大正元年)11月、白樺のありかたへの疑問と父との不和から東京を離れ、友人がほめていたというこの地に移住。6畳3畳の2部屋と土間の台所だけの平屋の三軒棟割長屋で、ここで代表作・暗夜行路の構想を練り起稿した。ちなみに、暖をとるためにガス会社からストーブを借りていたが、そのガス使用量は尾道中で2番目であったという。その後1914年(大正3年)中ごろまで在住した。 おのみち文学の館として整備される前は、ここが文学記念室として林芙美子の書斎や資料、大林宣彦の尾道ロケ写真などを展示していた。のちに林のものは新しい文学記念室に移り大林のものはなくなって、現在では志賀のみの資料を展示している。 一軒目(写真手前にあたる)と二軒目が受付および展示場、三軒目に志賀が住んだ当時の部屋の様子が再現されている。南側の縁側から景色を楽しめる。 文学公園はこのすぐ南側にあり、文学の館を整備された経緯が記載された記念碑などがたっている。
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