客車の発展
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/03 01:45 UTC 版)
ヨーロッパでは当初の客車は馬車の客室をもとに発展した。これに対して、現代の客車のようにボギー台車を取り付けたボギー車にするという発想は、1821年に既にイギリスで出ていたが、これを実現したのはアメリカでのことであった。これは、急曲線が多いアメリカでは固定車軸のままでは客車を長くすることができないという現実的な問題に対処するためである。ボギー台車式客車についてボルチモア・アンド・オハイオ鉄道のロス・ワイナンズが1834年に特許を出願している。コンパートメントから発想を脱し、中央に通路を配置してその両側に座席を並べる、現代のオープンサルーン客車の原形となるものを考え出し、1840年代のアメリカで一挙に普及した。ヨーロッパでは長くコンパートメントに固執して、オープンサルーンの普及は大きく後れを取ることになり、1870年代になってもボギー台車やオープンサルーンの車両がいかに珍しい物だったか分かる例に、フランスのジュール・ヴェルヌは自分の小説『80日間世界一周』(1873年)内でアメリカの客車(空想科学的なものではない普通の客車)について次のように説明している。 彼(注:主人公のフィリアス・フォッグ)の乗った車は、二列に並んだ四つの車輪の上に乗せた長い乗合馬車のような恰好で、車輪の円滑な移動性により、半径の小さい急カーブをも走ることができた。内部はコンパートメントにわかれていず、車の両側へ心棒と直行してすえた、二列に向かい合った腰掛けがならび、そのあいだが通路になっていて、各車両に設備された化粧室などに行けるのだった。列車のはしからはしまで、車はこうした通路によってたがいに連絡し、旅客は列車の中を自由に歩いて、展望室、休憩室、食堂、喫茶室などに行くことができた。 — ジュール・ヴェルヌ、『80日間世界一周』 アメリカのオープンサルーン式客車は、この頃アメリカで広く普及していた「川蒸気」の影響が指摘されている。川蒸気は川を航行する蒸気船で、広大で道路網が未発達であったアメリカでは最も一般的な交通手段として、鉄道より先に普及した。川蒸気の船室は、オープンサルーン式の客車と同様に、通路の両側に座席が並び、あるいは寝台が並ぶ構成であった。一部においては、川のない区間を隣の水系へ船を移動させるために、その区間にだけ鉄道を敷いて、分解した川蒸気の船室を貨車に載せて運ぶといったことも行われていた。このことから、自然に川蒸気の船室を模した鉄道の客車が普及したのだと考えられている。また、ヨーロッパに比べて階級差別の少ないアメリカでは、全ての乗客が同じ部屋を共有するという考え方に抵抗がなかったともされている。アメリカの広大な未開拓の原野を進む列車は大洋を行く船舶に例えられ、駅で列車を降りれば宿泊や食事のサービスを期待できたヨーロッパと異なり、全てを列車内で自給自足する必要があった。このことが食堂車や寝台車がアメリカで開発された1つの要因として考えられている。 寝台車は、1836年には既にペンシルベニア州で運行を開始していた。当初は暗く狭い劣悪なサービスのものであったが、ジョージ・プルマンの手により大幅に改良されることになった。1865年に彼は豪華絢爛たるパイオニア号を送り出し、これはエイブラハム・リンカーン大統領の葬送列車に用いられて有名になった。1868年には食堂車も送り出している。 プルマンの設立したプルマン社では、鉄道会社に代わって寝台車や食堂車を所有し、料理人や給仕など関連する要員を雇って、各鉄道会社の列車に連結して運行してもらうという方式で寝台車サービスを展開した。全盛期には、一晩に4万人の利用する巨大ホテルチェーンとなった。客車の蒸気暖房システムの採用(1887年)、ろうそくであった照明をオイルランプ(1873年)、ピンチガスによるガス灯(1891年)へと更新、全鋼製車両の投入(1907年)など、大型客車の快適性と安全性の追求に大きな足跡を残した。 プルマンの大型客車の影響はヨーロッパにも及んだ。食堂車のなかった当時のヨーロッパでは、食事時間に「リフレッシュストップ」という長い停車時間を食堂のある駅で設定することで、車外に出て食事をしていた。しかし独占状態の駅の食堂のサービスは劣悪で、かつ列車の所要時間短縮の障害となっていた。イギリスでは、プルマンから導入した最初の寝台車は1874年、食堂車は1879年のことであった。ヨーロッパではその後国際寝台車会社(ワゴン・リー社)がプルマン社と同様の形態で寝台列車の運行をするようになった。
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