外部パネル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/30 16:25 UTC 版)
創成期から1960年代まで、サッカーボールは、12枚ないしは18枚の細長い革で構成されているボールが一般的であった。これはゲーリックフットボールの球体の構造に近い。 一方、当時、既にヨーロッパでは五角形と六角形を組み合わせた亀甲型のボールが存在したが、サッカーボールに応用されるようになったのは1960年代である。1961年(昭和36年)に日本のモルテンの営業マンがヨーロッパにある亀甲型のボールを話を小売店で聞き、これをデザイン化して意匠登録し、まず、1962年(昭和37年)に亀甲型のハンドボールが発売された。 さらに1964年(昭和39年)にはモルテンの営業マンが亀甲型のカラーボールをドイツで見たことをきっかけに新しいデザインのボールの開発が進められた。こうして1966年(昭和41年)に白黒の亀甲型のサッカーボールが日本で発売された。1960年代半ばまでサッカーボールは世界的にも茶色一色のものが多かった。当時、モノクロのTV放送が普及したこともあり、従来の白や茶色ではなく、見やすい白黒に色分けされたという。こうして黒の五角形12枚と、白の六角形20枚のパネルで構成された切頂二十面体のボールが登場した。この構造のボールには縫い合わせの辺が90あるが、ボールのコントロール性の大きな要素になっている。 ワールドカップでは1970年のメキシコ大会から、この白と黒のボール「テルスター」が採用されている。これはアディダス社が大会のスポンサーとなり、モルテン社制作のOEM契約によるボールの提供を始めたのと一致する。この形状はアディダス以外のメーカーでも一般的に採用されるようになり、サッカーボールといえばこの形状を指すようになった。以来長期にわたり、表面のデザインは変更されつつも、五角形と六角形の組み合わせが採用され続けた。 2006年のドイツ大会でアディダス社が提供する「チームガイスト」はこれまでのボールの形状と全く構造を異にしている。このボールの外部パネルはプロペラ状のパネル6枚とローター状のパネル8枚の計14枚で構成されており、より真球に近い形状にするためのデザインが施されているほか、パネルの組み立ては手縫いではなく溶着技術(技術はモルテンが開発)が導入されている。 パネルの数が減るにつれ、ボールの飛び方が安定するという考察がある。パネル同士のつなぎ目の溝の長さが短くなってボールが球体に近くなること、さらに重さの偏りも減らせるということが、その理由として挙げられている。ただ、ジャブラニは2種類の形が異なるパネルの組合せであり、これが飛球時に「ブレ球」が多いとされる原因ではないかという指摘もある。ブラズーカは同じ形のパネルのみで構成されている。
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