園内の建造物
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旧正法院家住宅 - 大正期の近代和風住宅として、2011年(平成23年)3月、奈良県指定有形文化財となった(離れ茶室含む)。 離れ茶室 - 茅葺屋根の茶室で、2010年(平成22年)5月に葺き替えが行われた。 旧正法院家住宅 離れ茶室 離れ茶室内杉戸絵、羅俘山の扁額
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園内の建造物
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三秀亭 田舎風の茅葺建物。延宝年間に清須美道清が別邸の主屋として小屋を茶席として移築、改造したもので、屋根構造に江戸時代初期の形式が、内部の数寄屋風意匠に江戸時代前期の好みが残されている。室内は関藤次郎により明治43年(1910年)に大きく手が加えられた。三角形の天袋を構えた床廻り、風雅な衣装の円窓、舟底や網代の天井など、江戸時代前期と明治時代の好みが多様に詰め込まれている。 挺秀軒 前園の池の南東にある茅葺の四畳半茶室。清須美道清が江戸時代の延宝年間に煎茶室として建てたもので、のちに関藤次郎によって清秀庵の待合にも使えるよう縁、雪隠、腰掛が設けられた。二面に障子戸を立てた開放的なつくり対称性を感じさせる外観や円窓の意匠に見られる幾何学的な造形に煎茶室らしさがよく表れている。 柳生堂 後園の池の北西にある檜皮葺の書院造の建物。柳生一族の菩提寺である芳徳寺にあった位牌堂を明治期に移築したもので、移築に際して規模を縮めるなどの改造が施された。 氷心亭 後援の池の畔にある兜造りの茶室。明治33年(1900年)頃に建てられたもので、多数の銘木を用いた凝った意匠を持つ大小三室の茶室が収められている。広間は裏千家「寒雲亭」の写しで、天井の一部を舟底型にする。 清秀庵 裏千家「又隠」を数寄屋風に写した四畳半茶室。緩い瓦屋根の正面に庇が葺き降ろされ、躙り口が開かれている。瓦屋根の端には龍が表された、十一代樂吉左衛門の明治25年(1892年)策の楽焼の赤い鬼瓦の複製が据えらている。隅柱には下半を塗りこめて上部のみを見せた楊枝柱があり、室内を広く見せる。四畳半茶室から台目四畳の鞘の間を介して六畳台目茶室が付属する。 寧楽美術館 寄付 後園の東南隅にある建物で、かつて東大寺龍松院にあった公慶ゆかりの茶室臨渓庵(昭和3年(1928年)に興福院へ移築され龍松庵と改名)の待合であった。勾配の緩い入母屋屋根の南と東を深い土庇にして、腰掛を設ける。室内は二畳で、南北両面に障子を入れ、西面に書院窓を開けた開放的な造りである。 水車小屋 後園の池の上手に、池への導水を利用した方一間の水車小屋が建てられている。屋根と池側の壁は茅葺。 前園、三秀亭 三秀亭 氷心亭 清秀庵 挺秀軒 後園、柳生堂 柳生堂 寧楽美術館
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