名古屋火力発電所の建設とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 名古屋火力発電所の建設の意味・解説 

名古屋火力発電所の建設

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/14 09:28 UTC 版)

東邦電力」の記事における「名古屋火力発電所の建設」の解説

関西区域における東邦電力電源は、上で見たように購入電力含め水力発電よるもの主力をなしたため成立当初は冬の渇水期になると名古屋方面において供給電力不足し停電発生の原因となっていた。この対策として名古屋市内に大型火力発電所新設する方針固め1924年4月社内名古屋火力建設所を立ち上げ飛騨川開発並行して名古屋火力発電所の建設に取り掛かった所在地名古屋市南部大江町水力発電重視から「水火併用」の発電体制へと転換する当時電力業界潮流踏まえ渇水期における補給発電所としての役割を担う。欧米における大容量高性能火力発電所建設にならい最新式大型設備採用された点が特徴で、出力35,000kWと当時日本では最大規模タービン発電機GE製)が2台設置された。 着工1924年6月発電機1台を設置する第1期工事同年10月16日竣工、もう1台の発電機設置する第2期工事も翌1926年12月6日完成し設備容量70,000kWの大型発電所竣工した大型ではあるが渇水期補給使命とするため年間を通じて連続稼働するものではなく稼働6年間の年間稼働日数多くて122日(1926年度)、少な場合はわずか11日1931年度稼働時間で見ると51時間10分)であった。従って極力建設費圧縮するよう送電安定にかかわる部分以外では簡素な設計とされている。送電線は、水力発電電力系統と繋ぐべく岩塚変電所との間に77kV送電線架設された。 下記#広域連系と周辺事業者の系列化にて詳述するが、1925年7月東邦電力名古屋方面余剰電力送電すべく名古屋火力発電所から浜松変電所へと至る浜松送電線完成させた。2年後1927年8月にはその途中豊橋変電所新設し豊橋方面電力系統との連絡成立させる。さらに1927年12月同じく名古屋方面電源から送電させるべく四日市止まり送電線奈良県高田変電所まで伸ばし奈良方面系統とも繋げた。こうして東は浜松、西は奈良へと広がる送電線網が出現するが、その一方で飛騨川以外の水力発電所建設限定的であった。この時期飛騨川以外の新規水力発電所には、旧北勢電気計画引き継ぎ1928年完成させた木津川木津発電所京都府出力1,007 kW)がある。 また岐阜電力統合加え1925年5月静岡県内発電専業事業者引佐電力1923年11月開業)から事業買収し、2か所の発電所出力計230kW)を引き継いだが、翌年には地元都田電へと両発電所譲渡している。 1929年6月時点での東邦電力関西区域奈良支店区域除く)の発電力は水力24か所56,778 kW火力6か所66,250 kW(うち名古屋火力発電所52,000 kW)であり、他に計144,420 kW(うち日本電力からは50,000 kW)の受電があった。また奈良支店区域発電力は水力6か所2,957.7 kW火力2か所1,800kWで、受電は計7,500 kW(うち大同電力6,000 kWであった

※この「名古屋火力発電所の建設」の解説は、「東邦電力」の解説の一部です。
「名古屋火力発電所の建設」を含む「東邦電力」の記事については、「東邦電力」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「名古屋火力発電所の建設」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「名古屋火力発電所の建設」の関連用語

名古屋火力発電所の建設のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



名古屋火力発電所の建設のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの東邦電力 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS