反論と応酬
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/20 06:32 UTC 版)
歴史学者のお歴々の一斉攻撃は、従来学説とはまったく相反する説を放っておけないという、正統派学者として無視しておけないというものだった。金田一京助(言語学)、鳥居龍蔵、高桑駒吉(歴史学、東洋史)、三宅雪嶺(評論家、哲学者)、大森金五郎(日本古代中世史)、中村久四郎(言語学)、中島利一郎(東洋史、言語学)らが小谷部の説を批判し、その中でも特に言語学の金田一京助、漢学者で歴史学者の中島利一郎らの批判は激した。金田一京助は小谷部説を「小谷部説は主観的であり、歴史論文は客観的に論述されるべきものであるとし、この種の論文は「信仰」である」と全面否定した。また中島利一郎の場合も反論はさらに激しく、小谷部論をひとつずつ考証して反論し、最後には、「粗忽屋」「珍説」「滑稽」「児戯に等しい」という言葉を用いて痛罵している。 小谷部「古文書のみを信ずるのは針なき糸をたらして魚をつるようなもんだ」 学者A「確証が何も無いだろう」 小谷部「義経は騎馬の名手であり、遠方へ逃げるのは容易かったはず。後世の学者が如何に古書を捜索しても本人が証拠を隠滅して国外に逃亡すれば証拠など残るわけは無し。」「偽の死まで装って逃亡を謀る者が、自分は死なずして大陸にわたったとの言葉をわざわざ残すわけはないし、記録に留めて後に発覚の証拠を残すわけが無い」「伝説・伝承を否定するというならば、さしずめ古事記も否定されるという矛盾に陥る」 学者B「君は門外漢だ。専門でないことは軽々しくいうな」 小谷部「史家と称する中央史壇の方々が私を門外漢だというなら、むしろそれは光栄だ。史家のみが義経研究に従事し得られることのみがいつも正しく、門外漢である国民は何も疑うことなく黙って信じろということになる。無理、非合理甚だしい。」「国民の共有たるべき日本国の歴史を学閥、もしくは特権階級が独占するのはどうかとおもうね」「お偉い歴史家の方々が私に向かってくるさまは、さしずめ小結になったばかりの関取に、そうそうたる横綱たちが次々投げ飛ばされているような、痛快な気分だね」 金田一「史論としては、まず結論から入っていて、自分だけの都合のいい情報だけを抜き出して採用し、都合のよくないものは初めから棄てている。『史論』は吟味を加え客観性をもって調べなければいけない。『伝説』は人々がそのまま事実と信じるから伝わるのであって、それが正しいかどうかは分からない。この説は小谷部氏の『義経信仰』ですよ」 小谷部「学者というものは現地に出て慎重に踏査、深く研究をしなければならない。現地にも出ていないのになにをいうか。『成吉思汗は源義経にあらず』とあとから出してくるのは売名行為に近い。学徒としても薄弱な精神の持ち主だ」
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