冥界の裁判
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/06 09:11 UTC 版)
この時代になると、古代エジプト人たちは、死後、オシリス自身が経験したと同様に、42の神々から成る裁判官たちの前で裁きを受けなければならないと信じるようになる。そこでは、トートに弁護されて罪の否定告白をすることにより、死者は魂の潔白を証明するものと考えられ、また、裁判官一人ひとりの名を呼び、生前に大罪を犯していないことを宣言した。時には、魔法や呪文の力によって、死者は神々を欺くこともできた。しかし、裁判の後半において、死者は、さらに別の試練を受けねばならなかった。学問と文字の神であるトートや真実の女神マアト、ミイラ作りの神アヌビスの面前で、死者は大きな天秤のところに立たされた。片方の皿には真実を象徴する羽根が載せられ、もう一方には(知性と感情の宿る)死者の心臓が載せられた。運命の女神が死者の人柄について証言し、トートがその記録をつけた。もし潔白が証明されれば、天秤の上の心臓と羽根とは平衡を保ち、トートが死者の無罪を宣告した。 その結果、判決は神々によって受け入れられ、死者とその魂は、オシリスの君臨する冥界で生き続けることができた。第11王朝以降、死者の名前の後に「声正しき者」あるいは「公正な者」といった言葉が添えられるようになったが、これは裁判が無事行なわれたことを示すものであった。また中王国時代を通じて、全ての死者の名前の前に「オシリス」の名が冠されたが、こうした称号は元来の宗教的意味合いを失い、単に「死者」を表わすだけのものとなった。 裁判が成功するということは、罪人を待ち受ける恐ろしい運命から免れることでもあった。一方、永遠なる生命を得る資格がないと見なされた者の心臓は、いろいろな動物の部分を組み合わせた架空の動物の前に投げ出された。この動物が、天秤の傍らで獲物を待ってうずくまっている場面がパピルスに描かれている。 一般的に、魔法や呪文の知識が冥界へ入る助けとなるという考え方が受け入れられていたものの、永遠なる生命を得るためには倫理的に潔白でなければならないという前提条件が次第に強調されるようになり、ごく普通の一般市民もオシリスを信仰し、この世で罪を犯していない限りは、永遠なる生命を得ることが期待できるようになった。どんなに貧しい者も、立派な墓や副葬品を用意することができない者でも入ることができるとされた。 冥界は、西の地平線の下とか、あるいは幾つかの島々の上の緑豊かな土地にあるとされていた。「華の野原」と呼ばれたこの天国には永遠の春があり、豊かな実りが約束されていた。ここで死者は、何の痛みも苦しみもなく、生前と同じように楽しく毎日を過ごすことができた。また、オシリス神の君臨する黄泉の国は、基本的に民主的な社会構造を持つ場所で、富める者も貧しい者も同じように耕作地を与えられていた。 富裕な貴族や生活の向上を願う中流階級の人々にとっては、この考えは受け入れられないものだったらしく、富裕な者たちは、自分たちの望む第二の生を受けるために、豪華な墓とその副葬品(第9~10王朝時代に導入された、自らの代わりに仕事をする小像「ウシャブティ」)を用意し、オシリスの王国における厳しい農作業を免れようとした。
※この「冥界の裁判」の解説は、「古代エジプトの宗教」の解説の一部です。
「冥界の裁判」を含む「古代エジプトの宗教」の記事については、「古代エジプトの宗教」の概要を参照ください。
- 冥界の裁判のページへのリンク