内神道が内包する文化連鎖について
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「内神道」の記事における「内神道が内包する文化連鎖について」の解説
能の哲学は「玄」と「妙」である。奈良時代以前から文化構築のはじまった能は、「死」をみつめた日本国の武士道に貢献した(『能・狂言』;岩波書店)。能の起源を専門的に探ると「老子経」とともにあった文化である色彩が強い。能楽の集大成者であった観阿弥と世阿弥は時宗系の法名をもっているが、その極楽往生の祈願の発祥は老子経の「無為」と「自然」に代表される中国古代人の実践に集中する民族の特性から流れてきた(この論の結論として「禅と浄土とが、いかに中国的仏教であるかは、何よりも歴史がそれを証明している」=『老子荘子』小川環樹編集;中央公論)。世阿弥(1363-1443)が『風姿花伝』で「初心忘るべからず」といっているのは眞言密教の「発心即到」(発心すれば即ちいたる)から学んだ、さとりの心得から出ているのはいうまでもないとされているが(宮坂宥勝;『密教世界の構造』)、この考えとても華厳経から老子経を通して誕生した禅思考からの発言でもあった(空海著;『「般若心経秘鍵」解説』)。果たして、静坐の文化は禅哲学とともに「理事不二」など、きわめて深い武道魂の育成に貢献してきた。禅もまた、老子経から発展してきた本来は生粋の古代中国文化であった(『禅の思想辞典』;東京書籍)。 こうして、古代老子経が静けさや柔和さを日本人に植え付ける原点を為した。仏法や能など、その文化連鎖と、それらの心が独自に発展して自然や静寂を愛する日本人の独自の武道心を産み出し続けた。一方で、中国の本流の楊式太極拳の武技は、大陸の磁場で「術」として精密に整い続けた。 「法」と「道」を独自に完成してきた武道と武士道の国である日本国で、現代の中国の今の技ではなく、その以前の時代の伝統技が「術」として発掘されたときに、古代中国の「本流の楊式太極拳(老子経母体の武道)」が、長い年月を超えて、大陸編成と日本編成を照らしたとする。それらが合流の時を得たというのが「内神道」武道の誕生の本質とみられる(『多聞内神道奥義』;多聞内神道出版)。 日本国では、仏法、能、茶道、剣道、武家の書法、柔和の道、静坐の文化等が「氣沈丹田」「動中求静」等の奥義とともに、奈良時代以前から発して現代に活き続けてきた。その大本の一つとなったのが古代中国の老子経の「玄」と「妙」という自然哲学であることを歴史が伝える。その素朴で深い心が、最も日本人が愛し続けてきた「静寂」の追及を育み、「静かで平和」な家庭生活の確立を目指した。内神道が「文化連鎖」を内包して進んできているというのは以上のような歴史的文化的考察の上に立っているからとみられる(『警備保障新聞縮刷版』・『藝文』ほか)。
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