プレ・ヒアリングとインサイダー取引
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/12 09:03 UTC 版)
「プレ・ヒアリング」の記事における「プレ・ヒアリングとインサイダー取引」の解説
日本国内における募集に係るプレ・ヒアリングは、インサイダー取引規制防止の観点から、金融商品取引業等に関する内閣府令や日本証券業協会の自主規制規則などにより禁止されている。これは、この規制が導入される前には、プレ・ヒアリングの実施により証券会社から未公表の公募増資情報を得た機関投資家が、以下のスキームで募集の実施が公表される直前に大量の空売りを実施するという不公正な取引を行うことで利益を上げるという事象が横行し、プレ・ヒアリングが増資インサイダー問題の温床であると指摘されたことを受けて法令・規則等で対応することとなったことによるものである。 増資インサイダーのスキームはおおむね以下のとおりである。 増資インサイダーのスキーム主幹事証券会社が、ある上場会社(以下では、便宜的に「A社」という。)が募集を行おうとしていることを、プレ・ヒアリングを需要調査と価格決定の参考情報を得る目的で大口顧客である機関投資家(以下では、便宜的に「B投資家」という。)に対して伝達する。この結果B投資家はA社の未公表の法人関係情報である募集の実施に係る情報を取得することになる。 B投資家は、このプレ・ヒアリングで得たA社の公募増資情報が公表される前に、大量の空売りを行う。 2.の結果、信用売りに引きずられたその銘柄の株価は大きく下落してしまう。その後、A社から公募増資が行われることが開示される。そして、新株の発行価格が決定される頃には、この影響で、株価は安値に誘導されることとなる。 最後に、B投資家が、A社が当該募集にて発行した新株を取得し、2.の信用売りのポジションを解消する。この結果、プレ・ヒアリングを利用したインサイダー取引による利益を生むことができる。 このような、プレ・ヒアリングの対象となった機関投資家による不公正な取引がなされた事例として疑われているものの一つとして、2003年の三井住友フィナンシャルグループ株式の募集が挙げられる。この事例は、野村證券の担当者が、英国の機関投資家に対し、プレ・ヒアリングを実施し、そのヒアリング内容を基に、この機関投資家が不公正な取引で利益を上げたとして現地で摘発されるなどしたものである。このようなプレ・ヒアリングを利用したインサイダー取引の多発を受けて、2006年4月14日、証券取引等監視委員会は、金融庁設置法第21条の規定に基づき、金融庁長官に対して、以下のとおり「プレ・ヒアリング(事前需要調査)に係る情報管理体制の整備について」なる建議を行った。(以下、原文ママ) プレ・ヒアリング(事前需要調査)に係る情報管理体制の整備について上場会社が株式や新株予約権付社債(以下「株式等」という。) を発行しようとする際、主幹事証券会社又はその関連会社が、発行体による当該株式等の発行に係る情報(以下「発行情報」という。)の公表前に、国内外の機関投資家に対して当該株式等に係る需要動向の調査 (以下「プレ・ヒアリング」という。) を行うことがある。このようなプレ・ヒアリングの過程で発行情報を入手した海外の投資家が、発行情報の公表前に、当該株式等の発行体に係る上場普通株式を売り付けている事例が認められた。当委員会では、このような事例が認められた場合、内部者取引を行ったものと認められる海外投資家に関して、海外当局に対する調査依頼を行っており、これを受けて、海外当局において当該投資家に対する処分が行われるに至っている。 他方で、証券会社の検査の結果、プレ・ヒアリングの過程で発行情報を外部に伝達することに関して手続規程を整備していない 発行情報を外部に伝達する際に、その対象者に対し、伝達される発行情報が公表前の重要事実に該当することを伝達するなどの適切な注意喚起を行っていないことが疑われる プレ・ヒアリングをいつ、誰に対して、どのような方法で実施し、その過程でどのような発行情報を外部の者に伝達したかについて記録を残していない会社が存することが認められた。このような情報管理体制を放置することは内部者取引を誘発しかねない。 ついては、証券会社がプレ・ヒアリング等において公表前の発行情報等を外部に伝達する行為により内部者取引が誘発されることを防止し、もって証券取引の公正を確保するため適切な措置を講じる必要がある。 この一連の動きを受けて、金融庁は2006年11月1日、「証券会社の行為規制等に関する内閣府令」を改正し、未公表の法人関係情報を提供して需要調査を行う際には、証券会社に以下の措置を採ることを求め、また2007年1月には、日本証券業協会においても「協会員におけるプレ・ヒアリングの適正な取扱いについて」を制定し規制を行っている。 「金融商品取引業者等に関する内閣府令」第117条第1項第15号の規定する内容プレ・ヒアリングを実施する際には、証券会社の法令遵守管理に関する業務を行う部門から行うと同時に、調査対象者、調査対象者に提供される法人関係情報の内容及びその提供の時期や方法について承認を得ること。 当該法人関係情報もしくは当該募集の実施が公表され、又は証券会社から当該募集を行わないこととなったことが通知されるまでの間、プレ・ヒアリングの対象となった銘柄について取引を行わないこと及びプレ・ヒアリングに際して取得した法人関係情報は、プレ・ヒアリングの対象者以外の者に提供しないことについて、あらかじめプレ・ヒアリングの対象者に約させること。 証券会社における当該プレ・ヒアリングに係る事務の責任者及び担当者の氏名、プレ・ヒアリングの対象者の氏名及び住所、ならびにプレ・ヒアリングの対象者に提供した法人関係情報の内容、提供時期及び提供方法を記録し。5年間は保存をすること。 仮に証券会社が第三者にプレ・ヒアリングを行わせる場合、当該第三者にプレ・ヒアリングの実施に際して上記に相当する措置を採らせること。 この「証券会社の行為規制等に関する内閣府令」の改正にあわせて、日本国内の証券会社以外の金融機関又は外国の証券会社が行うプレ・ヒアリングについても同様の規制を及ぼすことを目的として、「金融機関の証券業務に関する内閣府令」及び「外国証券業者に関する内閣府令」についても改正が行われた。 このような、規制により日本国内の募集に係るプレ・ヒアリングの実施が禁止されたものの、海外でのプレ・ヒアリングは依然として行われていた。そして、この海外でのプレ・ヒアリングが規制では捕捉されていないという事情が、増資インサイダー問題の温床となっているとの指摘があった。実際、2010年のみずほフィナンシャルグループ、東京電力、国際石油開発帝石や日本板硝子の株式の募集、2011年のフェローテックの株式の募集などが、増資インサイダー問題の具体事例となっている。一方で、2007年1月以前に目を向けたところ、それ以前からプレ・ヒアリングを利用した公募増資に係るインサイダー取引は行われており、このような問題は、証券業界に強く根付いた悪しき慣習が影響していたのではないかと、日本証券アナリスト協会では指摘している。 このようなプレ・ヒアリングとそれに絡んだインサイダー取引の問題や、それに伴う発行会社並びに証券会社など情報の提供側に当たる者及び情報の受け手側である機関投資家などにおける情報管理体制の整備における課題もあることから、前掲のように開示規制及び届出規制の観点では解禁されたプレ・ヒアリングではあるものの、実務上は実例が蓄積されていないという状況にある。
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