フランソワーズ・ジルー
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フランソワーズ・ジルー (Françoise Giroud; 1916年9月21日 - 2003年1月19日)は、フランスのジャーナリスト、映画脚本家、作家、政治家である。14歳のときからパリの書店で働き、その後、マルク・アレグレ監督の誘いで映画界に入り、アレグレ、ジャン・ルノワール、ジャック・ベッケルなどの映画のスクリプター、脚本家、助監督として活躍。第二次世界大戦中にレジスタンスに参加し、1944年にゲシュタポに逮捕され、フレンヌ刑務所に収容された[1]。1946年、『ELLE』誌(1945年創刊)の編集長に抜擢され、1953年には、インドシナ戦争の和平解決を説くピエール・マンデス=フランスを支持する目的で、ジャン=ジャック・セルヴァン=シュレベールと共に『レクスプレス』誌を創刊。アルジェリア戦争中は同誌にて植民地主義、特にフランス軍による拷問を厳しく批判した。1974年にヴァレリー・ジスカール・デスタン大統領により女性の地位副大臣に任命され、引き続き1976年からは文化副大臣を務めた。その後、再び執筆に専念し、『アルマ・マーラー』、『マリー・キュリー』、『イェニー・マルクス』などを著した(いずれも邦訳されている)。
- ^ “Françoise Giroud a été incinérée” (フランス語). L'Obs. (2003年1月19日) 2018年11月9日閲覧。
- ^ a b c d e “Françoise Giroud (1916-2003). Un destin : de la presse à la politique (Nicole Lucas)”. 2018年11月9日閲覧。
- ^ a b c “Françoise Giroud, une femme influente au féminisme ambigu (Élaine Audet)”. 2018年11月9日閲覧。
- ^ Boutique, Elle. “ABOUT ELLE / Page / Japan / Home Page - Elle Boutique” (日本語). www.ellebrand.jp. 2018年11月9日閲覧。
- ^ a b “フランソワーズ・ジルー Francoise Giroud一 女性ジャーナリストのパイオニア、86歳で亡くなる。 | OVNI| オヴニー・パリの新聞” (日本語). ovninavi.com. 2018年11月9日閲覧。
- ^ “Françoise Giroud, pionnière de la modernité” (フランス語). Madame Figaro 2018年11月9日閲覧。
- ^ a b Laure Adler (2011). Françoise. GRASSET
- ^ a b Match, Paris. “Françoise Giroud. La journaliste amoureuse” (フランス語) 2018年11月9日閲覧。
- ^ “Le roman d'une Parisienne” (フランス語). LExpress.fr. (2003年1月23日) 2018年11月9日閲覧。
- ^ “Les femmes et le pouvoir - Sénat”. www.senat.fr. 2018年11月9日閲覧。
- ^ Marie Curie, une femme honorable (TV Mini-Series 1991– ) 2018年11月9日閲覧。
- 1 フランソワーズ・ジルーとは
- 2 フランソワーズ・ジルーの概要
- 3 映画脚本等
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