八幡宮
「八幡宮」とは、八幡神が祀られている神社を意味する表現。
「八幡宮」の基本的な意味
「八幡宮」とは、八幡神を祭神とする神社のことで、「八幡神社」「八幡社」「八幡さま」とも呼ばれる。全国に約44,000社あるといわれている。寺院でいうところの総本山にあたる総本社は、大分県宇佐市の宇佐神宮である。「筑前大分八幡宮」「肥前千栗八幡宮」「肥後藤崎八幡宮」「薩摩新田神社」「大隈正八幡宮」は五所別宮と言われ、古くは主に九州地方で信仰されていた。京都の石清水八幡宮、福岡の筥崎宮と宇佐八幡宮を日本三大八幡と呼ぶが、関東では筥崎宮に代えて鎌倉の鶴岡八幡宮を加えて三大八幡という場合もある。八幡神は、元々は海の神や鍛冶の神、秦の神であったと言われている。宇佐八幡宮の縁起書によると、571年(欽明天皇の時代)に宇佐の地に示顕し、応神天皇の化身と告げられたことから応神天皇の神霊を八幡神として祀るようになった。「応神」は送り名のため、生前の名前である誉田別命(ホンダワケノミコト)として祀られている神社も多い。八幡神は応神天皇の神霊とされたことや歴史上で実際に存在した天皇と考えられていることから、皇祖神としても位置づけられ皇室の守護神とされていた。
第15代天皇である応神天皇は、弓の達人とされ式神や出世開運の神として崇められた。平安時代になると、清和源氏が京都の石清水八幡宮を崇敬したことで、武運の神として武士からの信仰を集め一般にも広まったとされている。源頼信以降の清和源氏によって勧請創建された八幡神社も多く存在する。
八幡神を信仰する八幡信仰は、神仏習合によって仏教との結びつきが深い時代があり、八幡神は八幡大菩薩とも呼ばれる。東大寺の大仏を建立する際には、八幡神が協力を申し出たという記録が残っていることから、八幡神は早くから神仏習合していたことがわかっている。宇佐神宮で行われる「放生会」は、その名残といわれ全国各地の八幡神社でも行われている。
八幡宮では応神天皇の他に、応神天皇の母である神功皇后や神道の女神である比売神と合わせ八幡三神を祀っている。神功皇后や比売神に代えて仲哀天皇や武内宿禰、玉依姫命を祀っている神社も多い。神功皇后は、危険な状況の中でも無事に応神天皇を出産し育て上げている経緯から、安産祈願や子育てにご利益があるとされている。
「八幡宮」の発音・読み方
「八幡宮」は、「はちまんぐう」と読む。「八幡宮」の語源・由来
宇佐神宮の縁起書である「八幡宇佐宮御託宣集」によると、「辛国の城に、始めて八流の幡と天降って、吾は日本の神と成れり」という一文があり「八流の幡」が八幡の起源となったという説がある。また、大神比義命の前に、鍛冶の翁、金色の鷹、鳩、三歳の童子と姿を変えながら現れた八幡神が「誉田天皇広幡八幡麿」「護国霊験威力神通大自在王菩薩」と告げたことから、八幡神が応神天皇の神霊とされたと伝えられている。「八幡宮」と「神社」の違い
神社とは、神道の信仰に基づいて祭祀などを行うための施設を指し、皇室や氏族の祖神、偉人などの霊などが神として祀られているほか、山や滝などの自然を信仰対象とみなして神社と呼ぶこともある。日本全国には約8万5千の神社が登録されているが、登録されていない小さな神社を含めると10万以上、社殿を持たない祠などを含めると20万以上あるとされている。神社には、祀られる神によって「神宮」「大社」「宮」「社」などの社格に応じた社号があり、「八幡宮」は「宮」の社号を持つ。八幡宮は八幡神を祀る系列の神社であり、八幡神社や八幡社も八幡宮系列の神社といえる。
「八幡宮」の使い方・例文
・日本各地にある八幡宮を巡る旅をしたい。・地元の八幡宮には、毎年初もうでに行っている。
・出世を祈願するために八幡宮に詣でる。
・八幡宮の御朱印をいただいた。
・武将ゆかりの八幡宮に訪れると、厳かな気分になる。
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