球磨川 球磨川の概要

球磨川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/05 04:40 UTC 版)

球磨川
球磨川(JR肥薩線白石駅付近)
水系 一級水系 球磨川
種別 一級河川
延長 115 km
平均流量 103.98 m³/s
(横石観測所 2000年)
流域面積 1,880 km²
水源 石楠越・水上越(熊本県)
水源の標高 -- m
河口・合流先 八代海(熊本県)
流域 日本 熊本県

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概要

かつては人吉から八代まで巨岩がひしめく急流が続き、水運に利用するのが難しかったが、相良氏22代当主相良頼喬叔父丹波篠山出身の林正盛が、1662年寛文2年)から私財を投げうって開削事業に着手し、無数の巨岩を取り除く難工事の末、1665年(寛文5年)には川舟の航行が可能な開削が完成した。以来、球磨川は外部との交通・物流の幹線として、また参勤交代にも利用され、人吉・球磨地方の発展に多大な貢献を果たしてきた。

肥薩線の開業と道路の整備、林業の衰退やダム建設などのため、球磨川の水運は縮小し、現在は観光用の川下り船の運航程度である。

川の水は、流域内の約14,000haに及ぶ耕地の農業用水や、八代平野の臨海工業地帯における製紙パルプ金属加工製造業などの工業用水、流域内の20箇所で行われている水力発電などに利用されている。

八代海に注ぐ河口付近には、1,000haを超す干潟が形成されており、日本の重要湿地500に選ばれている。一年を通じて野鳥が飛来し、その種類は90種類以上となることから、バードウォッチングが盛んであり、重要野鳥生息地 (IBA) にも指定されている。

語源

語源は不明である。明治初期には、求麻・求磨・球磨と様々な字が使われていたが、名前の由来については明確な記録が残っていない。

ただし、1772年に著された『肥後日誌』には「この川水は九万他により落ち入る。故に九万川と称すとも云う」「木綿葉川或いは結入川、また夕葉川とも書す。球磨川とも称す…水上球磨郡より流れ来る故に球磨川とも云う」との記載がある。つまり「九万の支流を持つ川」あるいは「川上の球磨郡から流れて来た川」として名付けられたとみられる[1]

災害史

  • 1669年寛文9年)8月 - 青井阿蘇神社楼門が約1m浸水。死者11人、浸水家屋1432戸[2]
  • 1755年宝暦5年)6月 - 山津波が発生し、瀬戸石付近で堰止湖が形成され決壊。八代の萩原堤が決壊。死者506人、家屋流出2118戸、田畑被害220km2[2][3]
  • 1888年明治21年)6月 - 橋梁流出が発生。死者3人、家屋流出6戸[2]
  • 1926年大正15年)7月 - 井出(農業用取水施設)2か所が全壊。家屋流出3戸、浸水家屋200戸[2]
  • 1937年昭和2年)8月 - 家屋損壊・流出32戸、浸水家屋500戸[2]
  • 1944年(昭和19年)7月 - 家屋損壊・流出507戸、浸水家屋1422戸[2]
  • 1949年(昭和24年)- デラ台風ジュディス台風による洪水浸水被害。
  • 1950年(昭和25年)- キジア台風による洪水で浸水被害。
  • 1963年(昭和38年)8月 - 家屋損壊・流出281戸、床上浸水1185戸、床下浸水3430戸[2]
  • 1964年(昭和39年)8月 - 家屋損壊・流出44戸、床上浸水753戸、床下浸水893戸[2]
  • 1965年(昭和40年)7月2日 - 球磨川大水害または昭和40年7月洪水。1,281戸が流失・損壊。床上浸水2751戸、床下浸水10074戸[2]。浸水深さ2.1m(2020年7月の水害が起きるまで戦後最大)。
    • 人吉市、八代市周辺だけで約9000戸が浸水被害[4]
  • 1966年(昭和41年) - 球磨川水系の川辺川で、建設省治水ダムとして川辺川ダムの計画を発表。
  • 1971年(昭和46年)8月5日 - 台風19号の豪雨により氾濫。家屋の損壊209戸、床上浸水1,332戸、床下浸水1,315戸[5]市房ダムが満水状態となり洪水調節機能がマヒ[6]。浸水深さ1.1m。
  • 1972年(昭和47年)7月 - 昭和47年7月豪雨により64戸が損壊。
  • 1982年(昭和57年)7月 - 昭和57年7月豪雨により47戸が損壊。
  • 1992年平成4年) - 人吉市など流域自治体で川辺川ダム建設反対運動が始まり、「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す会」が発足。
  • 1993年 - 川辺川ダム建設反対運動団体が「清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会」に改組。
  • 2002年(平成14年) - 旧坂本村議会(現:八代市)が熊本県に対し、荒瀬ダム撤去を求める請願を提出。
  • 2004年(平成16年)8月 - 台風16号により49戸が浸水。
  • 2005年(平成17年)9月 - 台風14号により119戸が浸水。
  • 2006年(平成18年)7月 - 平成18年7月豪雨により80戸が浸水。
  • 2008年(平成20年)
    • 6月 - 豪雨により33戸が浸水。
    • 9月 - 蒲島郁夫熊本県知事が、川辺川ダム計画の反対を表明[7]
    • 10月、蒲島郁夫熊本県知事と金子一義国土交通大臣が「ダムによらない治水を検討する場」を設置することで合意[8]
  • 2009年(平成21年)
    • 1月 - 国と熊本県と流域市町村による「ダムによらない治水」へ向けた協議開始。
    • 9月 - 前原誠司国土交通大臣が、川辺川ダム計画中止を表明。
  • 2010年(平成22年)
    • 2月3日 - 蒲島郁夫熊本県知事が、荒瀬ダムを撤去する方針を表明[9][10]
    • 3月31日 - 荒瀬ダムの発電を停止。
  • 2011年(平成23年)6月 - 豪雨により8戸が浸水。
  • 2012年(平成24年)
  • 2015年(平成27年)3月 - 国と熊本県と流域市町村で構成する「球磨川治水対策協議会」を設置[8][15]
  • 2018年(平成30年)3月 - 荒瀬ダムの撤去作業を完了[16]
  • 2020年令和2年)
    • 7月4日 - 令和2年7月豪雨により、未明に球磨川が氾濫[17][18]。支流脇にある特別養護老人ホーム千寿園[19]が水没[20][21]、入所者14名が死亡する[22][23][24]など被害多数[25][26]。午前中に市房ダムの特例操作(緊急放流)を一時予定したが見合わせた[27]。浸水深さは4.3mで、当時最大とされていた1965年の被害を上回った[28]
    • 7月5日 - 豪雨災害を受け、蒲島郁夫熊本県知事が「ダムによらない治水を極限まで追求する」とコメント[29][30]
    • 7月6日 - 蒲島郁夫知事は球磨川の治水策について、「今回の災害対応を国や流域市町村と検証し、どういう治水対策をやっていくべきか、新しいダムのあり方についても考える」と述べた[31]

現状と課題

球磨川は2021年現在、ダムに頼らない治水策の議論がまとまらず、全国に109ある一級河川の中で唯一、整備計画が策定されていない。 これは当時の民意において、ダム無しの治水政策が支持されたからである。[32]2020年(令和2年)7月3日から7月31日にかけて、熊本県を中心に熊本県を中心に集中豪雨が発生した。 この豪雨により本河川を含む球磨川水系は、八代市、芦北町、球磨村、人吉市、相良村の計13箇所で氾濫・決壊し、約1060ヘクタールが浸水し、熊本県内では66名もの死者を出している。


  1. ^ 日本の川 - 九州 - 球磨川 - 国土交通省水管理・国土保全局”. www.mlit.go.jp. 2019年9月8日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i 国土交通省九州地方整備局川辺川ダム砂防事務所. “過去の球磨川水系の出水について【PDF】”. 2020年7月18日閲覧。
  3. ^ 熊本県総合博物館ネットワーク・ポータルサイト. “萩原堤(はぎわらづつみ)八代市”. 2020年7月18日閲覧。
  4. ^ 「九州の豪雨 深いツメ跡 浸水被害一万八千戸越す」『日本経済新聞』昭和40年7月4日 15面
  5. ^ 昭和46年8月洪水”. 八代河川国道事務所. 2020年6月29日閲覧。
  6. ^ 「人吉市は孤立状態 市房ダムあふれる」『中國新聞』昭和46年8月6日
  7. ^ 川辺川ダム「復活ない」熊本県の蒲島知事 球磨川治水で”. 熊本日日新聞 (2020年7月6日). 2020年6月29日閲覧。
  8. ^ a b 球磨川治水対策協議会・ダムによらない治水を検討する場について”. 熊本県. 2020年7月8日閲覧。
  9. ^ “荒瀬ダム撤去、蒲島・熊本知事が正式表明”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2010年2月3日). オリジナルの2010年2月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100204231913/http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100203-OYT1T00546.htm 
  10. ^ “荒瀬ダム:12年度から撤去工事 熊本・蒲島知事正式表明”. 毎日jp (毎日新聞社). (2010年2月3日). オリジナルの2010年2月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100205043737/http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100204k0000m040093000c.html 
  11. ^ “荒瀬ダム55年の歴史に幕 撤去財源めど立たず”. くまにちコム (熊本日日新聞社). (2010年12月26日). http://kumanichi.com/feature/kawabegawa/2010/2010_20101226_04.shtml [リンク切れ]
  12. ^ 日本で唯一の例。ダムを撤去したら川も海も再生した週刊SPA、2014.12.16
  13. ^ a b 全国初の本格的ダム撤去”. 全国知事会 先進政策バンク. 2013年5月19日閲覧。
  14. ^ a b 球磨川・荒瀬ダム情報展を開催”. 八代市 (2012年11月30日). 2013年5月19日閲覧。
  15. ^ 球磨川治水対策協議会・ダムによらない治水を検討する場”. 八代河川国道事務所. 2020年6月29日閲覧。
  16. ^ a b “八代・荒瀬ダムを完全撤去 国内初、清流生かし再生へ”. 産経ニュース (産経新聞社). (2018年3月28日). https://www.sankei.com/article/20180328-HVEULQPWWBMK3KQW52NJ2MIEZA/ 2018年3月28日閲覧。 
  17. ^ 【動画あり】熊本豪雨、17人心肺停止 球磨川は8カ所氾濫”. 西日本新聞 (2020年7月5日). 2020年7月8日閲覧。
  18. ^ 目を覚ましたら家に水… 「暴れ川」氾濫、未明の恐怖 熊本豪雨”. 毎日新聞 (2020年7月4日). 2020年7月8日閲覧。
  19. ^ 熊本・球磨川の浸水、深さ最大9メートル 地理院が分析”. 朝日新聞デジタル (2020年7月5日). 2020年7月8日閲覧。
  20. ^ 熊本豪雨15人心肺停止、9人不明 球磨川氾濫、特養ホームが水没 | 社会”. 福井新聞ONLINE (2020年7月4日). 2020年7月8日閲覧。
  21. ^ 広域豪雨、一気に川に 集中地点で被害拡大か―球磨川氾濫に専門家”. 時事ドットコム (2020年7月6日). 2020年7月8日閲覧。
  22. ^ 熊本豪雨 球磨川が広範囲で氾濫 濁流が街をのみ込む 鉄骨橋崩壊 水没特養ホーム14人心肺停止”. スポニチアネックス. スポーツニッポン新聞社 (2020年7月5日). 2020年7月8日閲覧。
  23. ^ 浮いたテーブルに生存者 14人死亡の特養―熊本・球磨村”. 時事通信社 (2020年7月7日). 2020年6月29日閲覧。
  24. ^ 熊本豪雨、15人心肺停止 球磨川氾濫、特養浸水 9人不明、住民孤立も”. 中国新聞デジタル (2020年7月4日). 2020年7月8日閲覧。
  25. ^ 決壊・氾濫は「重要水防箇所」 球磨川12カ所の危険性、事前に指摘”. 西日本新聞 (2020年7月6日). 2020年7月8日閲覧。
  26. ^ 球磨川「重要水防箇所」12カ所で決壊氾濫 河川改修追い付かず 熊本豪雨”. 毎日新聞 (2020年7月6日). 2020年7月8日閲覧。
  27. ^ 球磨川氾濫は「100年に一度」「異次元」 気象予報士相次ぎ注意喚起”. J-CASTニュース (2020年7月4日). 2020年7月8日閲覧。
  28. ^ 球磨川氾濫「記録上、最大の浸水深」 熊本大調査「昭和40年7月洪水」上回る毎日新聞2020年7月13日
  29. ^ 球磨川氾濫に「ダム頼らない治水変えず」知事強調 - 社会”. 日刊スポーツ (2020年7月5日). 2020年7月8日閲覧。
  30. ^ 蒲島知事「『ダムなし治水』できず悔やまれる」 熊本豪雨・球磨川氾濫”. 毎日新聞 (2020年7月6日). 2020年7月8日閲覧。
  31. ^ “熊本県知事「ダムのあり方も考える」 球磨川の治水対策巡り発言”. 西日本新聞. (2020年7月6日). https://www.nishinippon.co.jp/item/n/623617/ 2020年7月8日閲覧。 
  32. ^ “球磨川流域の治水の方向性について”. 熊本県. (2020年11月30日). https://www.pref.kumamoto.jp/soshiki/1/72640.html 2021年8月15日閲覧。 
  33. ^ 球磨川の瀬”. 2020年7月8日閲覧。
  34. ^ 国土交通省河川局『球磨川水系の流域及び河川の概要(案)』(pdf)(レポート)2006年8月10日https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/shaseishin/kasenbunkakai/shouiinkai/kihonhoushin/060810/pdf/ref6.pdf2020年7月6日閲覧 
  35. ^ 日外アソシエーツ編集部 編『日本災害史事典 1868-2009』日外アソシエーツ、2010年9月27日、162頁。ISBN 9784816922749 


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