夢
『真田山』(落語) 男が、毎晩同じ夢を見る。「真田山に埋めた『トラの子のカネ』を掘り出してほしい」と、何者かが訴える夢である。大金を期待して男が掘ってみると、骨壺があった。女の幽霊が現れて、「私の名はトラ。壺の中は、私の娘カネの骨です。娘の骨を見て、私もようやく成仏できます」と礼を述べる。男はがっかりして、「骨掘り損(=骨折り損)だ」と言う。
『トータル・リコール』(ヴァーホーヴェン) クエイドは毎夜、火星旅行の悪夢を見てうなされる。実は彼は、火星の支配者コーヘイゲンの下で働く諜報員ハウザーで、任務の必要から、記憶を消されて地球へ送り込まれていた。しかし意識の奥底に火星の記憶が残っており、それが毎夜の夢に出て来るのだった〔*クエイドは火星へ渡り、コーヘイゲンが悪の組織の親玉であることを知る。彼はレジスタンスたちと力を合わせて、コーヘイゲンを倒す。彼は、もとのハウザーの人格には戻らない〕。
★2.夢の中で見る夢。
『諧鐸』10「夢の中の夢」 曽孝廉は会試に第1位で及第し富貴の身となって、妓女4人と寝所で戯れる。不意に妻が大声で呼ぶので曽は目覚め、「せっかく女人国の夢を見ていたのに」と怒る。妻も負けずに言い返し2人は口論するが、それもまた夢で、曽は会試受験のため上京する旅の途中だった。
『祖母の為に』(志賀直哉) ある晩の夢で「私」は、祖母の夜着の袖口から小さな妹の手が出ているのを見た。見直すと、今度は「私」の髪が一塊あった。葬儀社の「白っ児」(*→〔死神〕4)が背後をすり抜けるので、「私」は組みついた。目覚めて夢の話をすると、祖母も「同じ夢を見た」と言うので、「私」はぞっとした。しかし翌朝起きると、それもまた夢だった。
*男がうたた寝をしてうなされ、女房に起こされる。しかしそれも夢だった→〔円環構造〕5の『天狗裁き』(落語)。
★3.夢と自覚している夢。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第28巻112ページ 悪漢に追われた美女が、夜道を帰るマスオに助けを求める。マスオが「絶世の美人。夢のようだ」と思いつつ悪漢に立ち向かうと、意外にも簡単にやっつけることができた。「やっぱり夢らしい。夢と決まったら派手に行くぞ」と言って、マスオは悪漢を殴り飛ばす。
『敵のエピソード』(ボルヘス) 敵が「私(ボルヘス)」の家へやって来る。彼は杖をついて、覚束ない足取りで歩き、ノックの音は弱々しい。「私」が扉を開けると、彼は拳銃をつきつけ、「家に入り込むために同情を誘う手段に訴えたのだ」と言う。「僕は君を殺さねばならない。ボルヘス君。もう、どうすることもできないよ」。「1つだけ、できることがある」と「私」は答える。「目を醒ますことさ」。そして「私」は目を醒ました。
『鏡の国のアリス』(キャロル) 鏡の国の住人・2人の太った小男トイードルダムとトイードルディーが、アリスに、「今、赤の王様が君の夢を見て寝ている。君は、赤の王様の夢の中の存在にすぎない。王様が目覚めたら、君は消える」と告げる。物語の最後で、アリスは鏡の国から自分の家に戻り、「夢を見たのは、わたしか赤の王様かどちらなのだろう?」と考える。
『ユング自伝』11「死後の生命」 1944年の重病の後、「私(ユング)」は夢を見た。礼拝堂で1人のヨガ行者が結跏趺坐しており、彼は「私」の顔をしていた。彼が、「私」について黙想している人間であり、彼は夢を見、「私」は彼の夢なのだった。彼が目覚める時、「私」はこの世に存在しなくなることが、「私」にはわかった〔*→〔アイデンティティ〕3の『円環の廃墟』(ボルヘス)に類似する〕。
*自閉症児の心の中の世界に入り込む→〔時間旅行〕2aの『火星のタイム・スリップ』(ディック)。
★5a.夫が眠って夢を見る。妻が覚醒した状態で、夫の夢の内容を目撃する。
『西鶴名残の友』巻1-1「美女に摺小木(すりこぎ)」 俳諧師正道は、著名な女流俳人美津女(みつじょ)にあこがれ、「夢でもいいから一目見たい」と願っていた。ある夜、正道の妻が帰宅すると、見知らぬ年増の美女が奥座敷に寝ているので、妻は怒って、すりこ木で打ちかかる。とたんに夫正道の夢は覚め、美女の姿は消えてしまった。正道は「いちずに思い込んだために女の姿が現れたのだろう」と告白した。
★5b.人間が眠って夢を見る。夢の内容を人造人間が目撃し、まわりの人たちに説明する。
『ファウスト』第2部第2幕「実験室」 ガラス瓶の中の小人ホムンクルスは、眠るファウストの身体の上に浮遊し、「美しい景色だ。森の中の清い水。美女たちが着物を脱ぐ。白鳥が1人の美女の膝もとにすり寄って来る」と、ワグネル教授や悪魔メフィストフェレスに語り聞かせる。それは、今ファウストが見ている夢の内容だった〔*白鳥はゼウスの化身。美女はレダ。ゼウスとレダの間には美女ヘレネが誕生する〕。
★5c.妻が眠って夢を見る。妻の身体から抜け出した魂を、夫が目撃する。
『三夢記』(白行簡)第1話 劉幽求が夜道を帰宅する途中、家の近くの寺の中で、妻が10人あまりの女たちとともに食事をし談笑している姿を見る。不思議に思いつつ家に着くと、寝ていた妻が起き出して、「先程、夢の中で見知らぬ人たちと寺へ遊びに行き食事をした」と語る〔*類話である→〔夢遊病〕7の『閲微草堂筆記』「姑妄聴之」212「農婦の夢」は、夢遊病の症状のようにも見える〕。
『遠野物語』(柳田国男)100 夜の山道を帰る漁夫が妻に出会うが、「狐であろう」と察して、魚切包丁で刺す。その同時刻、家で寝ていた妻は、夫を迎えに出て山道で何者かに刺されそうになる夢を見ていた〔*妻の夢=魂が身体から抜け出、狐の体にとりついて野山に遊び出たのだった〕→〔死体変相〕4a。
*娘が眠って夢を見る。娘の身体から抜け出た魂を、婚約者の男が目撃する→〔蛍〕3の「蛍」(小泉八雲『骨董』)。
★5d.母親が眠って夢を見る。母親の身体から抜け出した魂を、息子が目撃する。
『諸国百物語』第5話 木屋の助五郎の老母は、吝嗇で無慈悲な性格だった。ある朝、助五郎は用事で一条戻り橋へ出かけ、老母が橋の下で死人を引き裂いて喰らうさまを見た。助五郎は急いで帰宅し、眠っていた老母を起こすと、老母は「一条戻り橋の下で死人を喰らう夢を見て身の凍る思いをしていたら、折よくお前が起こしてくれた」と言う。この後、ほどなく老母は病気になって死んだ。
『今昔物語集』巻11-9 弘法大師の母阿刀氏は、夢に聖人が来て胎内に入ると見て懐妊した。
『今昔物語集』巻15-16 千観内供の母は、観音に「子を授けよ」と祈り、夢に1茎の蓮華を得たと見て懐妊した。
『史記』「高祖本紀」第8 劉オンは、ある時神と通ずる夢を見た。夫の太公が見ると、蛟龍が妻の身体に乗っていた。こうして生まれたのが、漢の高祖劉邦である〔*『漢書』「高帝紀」第1上に同話〕。
『神道集』巻6-34「児持山大明神の事」 児持御前は児守明神の申し子である。「女が左袂から唐鏡を与える」と母が夢に見て、児持御前は生まれた。
『天鼓』(能) 唐土の女が、「天より鼓が降り下り胎内に宿る」との夢を見て子を産み、天鼓と名づけた。
『とはずがたり』(後深草院二条)巻3 二条は後深草院の寵愛を受ける身でありながら、他に複数の愛人があり、高僧「有明の月」もその1人だった。ある夜、後深草院が夢で、「『有明の月』が二条に、密教の仏具である五鈷(ごこ)を与え、二条はそれを院に隠して懐に入れる」と見た。それは、二条が「有明の月」の子を身ごもったことを意味していた。
『花世の姫』(御伽草子) 花世の姫の母は、正観音の御前から梅花1輪が膝の上に飛び来たり、それを右の袂へおさめる、と夢に見て懐妊した。
*猫の夢は懐妊のしるし→〔一夜孕み〕1bの『源氏物語』「若菜」下。
*夢で異郷へ行く→〔クリスマス〕1a・〔人形〕1の『くるみ割り人形』(チャイコフスキー)。
*尿をする夢→〔尿〕2。
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