国鉄EH10形電気機関車 基本構造

国鉄EH10形電気機関車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/12 14:58 UTC 版)

基本構造

JNR EH10 足回り
EH10 連結部分

動軸を8軸としたことで全長22.5mに及ぶ長大な車体は中央で2分割され、箱形の2車体を永久連結する特異な構造となった。2車体間は永久連結器で結合され、金属製の特殊な貫通幌と高圧引き通し線が渡されている。全長がこれまでの機関車以上に長くなったことから、構内有効長における機関車占用長さを少しでも減らすため[注 3]、従来の貨物用電気機関車で標準的であった前頭部のデッキは廃され非貫通構造となった。

従来の国鉄電気機関車は、鋼板部材の組み立てないし一体鋳鋼によって構成された「台車枠」を全ての基礎としていた。台車枠の両端には先輪が結合され、走行時の牽引力は台車枠の端に装備された連結器から直接客車・貨車に伝えられた。大きさは異なるが、端的に言えば蒸気機関車の台枠と同一の構造である。2台の台車は強固に連結されており、牽引力は台車同士においても直接伝えられる構造であった。他方車体は台枠を備えるものの自らの強度を保つ機能しかなく、機器類を覆って台車枠の上に載っているだけの存在だった。

本形式はこのような伝統的な構造から完全に脱却した構造である。台車は電車のような鋳鋼製2軸ボギー台車であり、牽引力は台車から車体の台枠を経て連結器に伝えられるスイベル式を採用した。在来型の大型電気機関車では長大な台車構造から曲線のスムーズな通過のために先輪が必須とされていたが、ボギー台車のEH10形は先輪を要さなかった。

日本の電気機関車史を見渡しても有数の超重量級の機関車ではあるが、台車枠を基礎とする構造と先輪の両方を廃したことから、出力の向上に比して大幅な軽量化が図られており、運転整備重量118.4t、軸重は14.8tとなっている(量産機は運転整備重量116.0t、軸重14.5t)。EF15(運転整備重量102.0t、軸重14.4t)と比較して、試作機16.4t、量産機14tの重量増に抑えた実績は重量節減の成功と言える。在来型機関車と違って先輪がないため全軸駆動となり、重量の全てを粘着力確保に生かせるようになったために牽引力が向上した。とはいえ、これだけ軸重が重くなると、ローカル線はもとより大半の地方幹線でも転用は不可能である。逆にいえば、重軸重に耐える東海道本線での運用に特化させるよう割り切った機関車であったからこそ、ここまで思い切った設計にできたともいえる。

電装機器

主電動機は、EF15形とほぼ同等で絶縁強化等による熱対策を施したMT43形を8基搭載し、定格出力2,600kWを発生する[7]。これはEF66形が定格出力3,900kWを達成するまで、日本国内の電気機関車としては最大の出力であった。

制御システムは手動進段式の単位スイッチ制御方式である。従来のEF15形から大きな差はなく、平凡だが信頼性を重視した手法である。

EF15形に比して出力が30%以上向上したことから、1,200t列車を牽引しての関ヶ原越えに耐える性能を得ただけでなく、平坦区間での走行性能にも余裕が生じ貨物列車のスピードアップにも貢献した。また、車体が二分割されていることにより生じた機器構成の複雑さ、点検・整備の手間が増えるという難点はあったが出力に対して機器に余裕があり、EF15形やEF58形の経験を反映したことからも主電動機や補助機器の故障が少ないといった利点があった[8]

ただしH型機関車として、8個モーターの直並列組み合わせで制御するされるように回路設計されたため、6個モーター直並列組み合わせ制御となる他のF型機関車とは出力特性の相違が発生する。このため標準的なF型機と相互同調を図りにくく、F型機の補機連結を受けての運用が難しいという欠点があった。この面は結局、補機運用を要さない区間での単機運用に徹することで、運用終了まで問題回避している。

車体デザイン

車体デザインは、民間工業デザイナーの萩原政男が手がけた。国鉄車両としてはいち早く、スタイリングを外部のデザイナーに委託したことは特筆される。

前面形態は角張っているが、窓部分が凹んでおり中央で二分割されている。2枚窓は同時期の80系電車、また前面窓部を凹ませる手法は72系電車との近縁性を強くうかがわせるものである。車体塗装は巷間「熊ん蜂」とあだ名された黒色黄色の細帯[注 4]を入れたいささか物々しいもので、それ以前の電気機関車における茶色塗装に比し、より力強い印象を与えた。これも萩原の発案によるものである。

なお国鉄の電気機関車として初めて、前面下部にスカートを装着している。やはり萩原の発案である。このスカートは量産車において下半分をスノープラウと交換できる構造に変更されたが、作業の煩雑さや誘導員用のステップごとスカートの下半分を外してしまうことが問題となって次第にスノープラウを装備することがなくなり、後年には一部でスカートの上下を溶接固定、連結器左右にあるスノープラウ取付用のボルトを撤去していた[9]


注釈

  1. ^ 8軸の機関車はEH500形が登場するまで、国鉄・JRグループでは本機が唯一の存在であった。私鉄では黒部峡谷鉄道EH形電気機関車も存在するが、これは実質的に片運転台D型機関車2両を常時重連の固定編成として運用しているものである(性格としてはDD50形に近い)。
  2. ^ 新鶴見 - 吹田間の直通貨物列車で所要時間を17時間前後から12時間台に短縮、列車本数の多さや待避線の不足から旅客列車が貨物列車に合わせた低速運転を行っていた平塚 - 沼津間のダイヤを改善して20本から30本の列車増発余力を確保できると考えられていた。
  3. ^ 限りある構内有効長の中で、機関車が占用する長さが大きくなると、その分だけ貨車の連結両数が減る。
  4. ^ 鉄道貨物輸送で国鉄と関係が深かった日本通運がトラックなどに使用していた黄色を取り入れたものであるという。また、1960年代前半まで急行貨物列車に多用されたワキ1形ワキ1000形などの有蓋貨車も黒色に黄色の帯と急行標記を配した塗装であった。なお、貨車の黄帯塗装が65km/h制限車を指すものになったのは1968年10月ダイヤ改正に際しての対応であり、同時期には貨車自体の高速化や特急貨物列車の登場もあって急行貨物用としての黄帯や標記を施した有蓋貨車は消滅していた。

出典

  1. ^ 山崎良夫「EH10形電気機関車」『日立評論』 36巻、11号、日立製作所、1954年11月、49-68頁。doi:10.11501/3285545https://www.hitachihyoron.com/jp/pdf/1954/11/1954_11_06.pdf 
  2. ^ 『鉄道ピクトリアル』1967年6月号 p4 - p5
  3. ^ 『鉄道ファン』1976年6月号 p32 - p34
  4. ^ 1.車両 1-5 EH形電機機関車の要望」『交通技術』 8巻、6(82号)、交通協力会、1953年6月、206-207頁。doi:10.11501/2248431https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2248431/7 
  5. ^ 西尾源太郎「EH形電氣機關車について」『交通技術』 8巻、3(79号)、交通協力会、1953年3月、20-23頁。doi:10.11501/2248428https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2248428/14 
  6. ^ 1.車両 1-5 EH10形電機機関車」『交通技術』 9巻、6(94号)、交通協力会、1954年6月、209-210頁。doi:10.11501/2248443https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2248443/7 
  7. ^ EH10形電気機関車」『鉄道辞典 上巻』日本国有鉄道、1958年、37-39頁。doi:10.11501/2486209https://transport.or.jp/tetsudoujiten/HTML/1958_%E9%89%84%E9%81%93%E8%BE%9E%E5%85%B8_%E4%B8%8A%E5%B7%BB_P0037.html 
  8. ^ a b 『鉄道ピクトリアル』1967年6月号 p31 - p34
  9. ^ a b 『鉄道ファン』1976年6月号 p18
  10. ^ 森佐一郎;荻原勝次郎;斎藤貞喜;伊藤幸成「EH1015電気機関車」『東芝レビュー』 11巻、1(72号)、東芝技術企画部、1956年1月、3-24頁。doi:10.11501/3253763https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3253763/4 
  11. ^ C.調査研究 I.本社の部 5.列車の高速度運転試験」『保線年報 1955年』日本保線協会、1956年、26-27頁。doi:10.11501/2479320https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2479320/14  試験はEH1015,スハフ42,ナハ108,ナハ104,オヤ19820,マヤ3851 で実施。実験目的は"EH50形の設計資料を得るために"とある
  12. ^ 国鉄時代32号 P110. ネコ・パブリッシング. (2013年2月1日) 
  13. ^ 内田昇「高速度試験列車電磁直通ブレーキ裝置」『車両と電気』 7巻、5(77号)、車両電気協会、1956年5月、9-11頁。doi:10.11501/2322745https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2322745/6 
  14. ^ 依田盛武「高速度試験列車用電磁直通ブレーキ装置について」『車輛工学』 26巻、9(275号)、車輛工学社、1957年9月、34-37頁。doi:10.11501/3270671https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3270671/19 
  15. ^ 入江則公「電気車両及び主電動機定格出力の表わし方の一提案」『交通技術』 12巻、5(132号)、交通協力会、1957年5月、29頁。doi:10.11501/2248481https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2248481/19 "第1表b 機関車定格出力の比較"にEH50 が掲載されている
  16. ^ a b 『鉄道ピクトリアル』1967年6月号 p28 - p29
  17. ^ 『鉄道ファン』1976年6月号 p17
  18. ^ 『鉄道ファン』1976年6月号 p21 - p23
  19. ^ 『鉄道ファン』1976年6月号 p21






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