8月9-31日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/15 05:48 UTC 版)
「マイケル・ブラウン射殺事件」の記事における「8月9-31日」の解説
ブラウン銃撃の翌日に平和的な抗議と市民暴動が発生し、数日間続いた。これは、多くの人々のブラウンが降伏していたという思い込みのほか、長年にわたる少数派黒人と多数派白人による市行政や警察間の人種的緊張によって起こった。銃撃事件の詳細が明らかになるにつれ、警察は夜間外出禁止などで秩序維持に取り組み、一方でファーガソン地域の人達は事件現場付近で様々なデモを行った。 8月10日、追悼の日も当初は平和的だったが、夜になると一部の群衆が手に負えない騒ぎを起こした。現地の警察署は暴動に対応して約150人の警官を招集した。一部の人々は、企業を略奪したり、車両を破壊したり、市内の一部地域へのアクセスを遮断しようとした警察官と対峙した。銃撃の数日後、州と連邦の当局者はこの問題を重く見て、8月12日にバラク・オバマ大統領はブラウンの遺族と地域社会に哀悼の意を表した。 8月14日、ケンタッキー州選出のランド・ポール上院議員は、この事件は悲劇であり警察部隊は非武装化する必要があるとの意見記事をタイム誌に書いた。 8月15日、ブラウンによるコンビニエンスストアでの強盗事件を示す報告書とビデオがファーガソン警察によって公開された。これらは銃撃後に関する情報も含むものだった。監視ビデオ映像には、ブラウンが葉巻の箱をつかみ、店員との間で揉め事になっている様子が映っていた。司法省は、公開することが緊張を煽りかねないとしてビデオを公開しないよう促したが、ミズーリ州知事ジェイ・ニクソンは現場地域の昂りを鎮める試みとしてこの公開を決定した。ブラウンの遺族は、これを息子の「処刑スタイルの殺人」に続く名誉毀損と呼び、警察署長が選んだ情報拡散方法を非難する声明を発表した。 この日の情報公開は、警察による一貫性のない異例の手法として批判された(似たような案件で警察は従来、当事者に生命の危険が及ぶとして銃撃に関与した警官の名前を伏せたりしていた)。 報告書とビデオが公開された時、ブラウンが強盗の容疑者だとウィルソンは知っていたのかが焦点となった。既に彼は知っていたと警察は語ったが、ウィルソンは最初の接触では分かっておらずブラウンが葉巻の箱を持っていたため容疑者だと認識した、とファーガソン警察署長のトム・ジャクソンは訂正した。この件に関してニューヨーク市の元地方検事ユージン・オドネルは、警官が信号無視を理由にブラウンを呼び止めた場合でも、ブラウンはこの警官が強盗事件について知っていると考えるだろうから「警察の反応が普段通りでも、(ブラウンの)警察への応対には何らかの影響を及ぼした可能性がある」と補足した。 8月18日に発表されたピュー・リサーチ・センターの調査では、白人と黒人間でアメリカ世論の違いが示された。この銃撃が「人種に関する重要な問題を提起する」と考えているのは黒人で80%、白人では37%だった。 8月24日、セントルイスは毎年恒例の平和祭を開催し、そこでは特にマイク・ブラウンに焦点が当てられた。マイク・ブラウンの父やトレイボン・マーティン(2012年にフロリダで射殺された10代の非武装黒人)の両親が出席した。ブラウンの葬儀は8月25日に行われ、推定4,500人が参列した。
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