首里城学園高等学校
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/03 11:00 UTC 版)
「野球しようぜ!」の記事における「首里城学園高等学校」の解説
沖縄県の代表校。鷹津の準々決勝の相手。天童と伊良波以外の選手は全員他の部から野球部に移っている。 天童焔二(てんどう ほむらじ)「オッポさん」 1年生ながら首里城学園の4番打者。この世で一番好きな事は練習と言い、1日に何千回の素振りや、腕立て伏せをこなす。名前の通りホームランバッター。左投左打。 一本足打法によって自分の力を全てボールに伝えられることで、低めの球やカイオのイノセントフォークですらもスタンドに運ぶが、高めが弱点であることを天に見抜かれてしまう。 比嘉先発時にはセンターを守るが、伊良波登板時にはキャッチャーに回る。鷹津戦では投手も務めた。 鷹津には負けてしまったが、甲子園でホームランを8本打ち、その記録を塗り替えた。 伊良波美我(いらなみ みが)「オッキさん」 首里城学園の選手兼監督。右投左打。生粋の野球人。3番打者。 身長201cmの長身で、本来は長打力もあるが、自分たちは天童のための駒だと考え、天童に繋ぐために軽打に徹している。通常は捕手だが、比嘉のスタミナが切れるとリリーフに回る。投球フォームは長身を生かし、3塁側に大きく踏み込んでサイドスローで投げる独特のフォームで、右打者には背中から球が来るように錯覚するほどである。 天童と知り合うまでは、かなりの不良で、野球部員も彼を除いて全員退部し、「イラ波」と揶揄されるほどだったが、天童と出会い、野球の勝負に敗れたのをきっかけに更生し、他の部から野球部員を必死に集めた。 比嘉登(ひが のぼる) 首里城のエースピッチャー。右投。 もともとは陸上部で円盤投の選手であり、高校記録保持者。投球フォームも円盤投げのようなフォームで、150km/h近い球を投げる。しかしスタミナが低く、試合終盤まで持たないが、限界が来ると投球後に雄叫びをあげ、その投球は120%の球が出る。 友利満(ともり みつる) 首里城の1番打者。右投左打。サード。 元卓球部で、中学時代は全国5位の実力を誇る。打撃フォームも独特で、卓球のようにカットさせてスライスボールを打つ。 平安山遊人(へんざん ゆうと) 首里城の2番打者。左投右打。ファースト。 元硬式テニス部で、インターハイ3位の実力者。打撃フォームもテニスの相手のサーブを待つ時のような独特の構え。インパクト時は顔を強張らせる。壬生的には2点の打ち方らしい。 海武道・海武堂(うみぶ どうり・うみぶ おどう) 双子の兄弟でどちらも元サッカー部。栗のような頭の形をしており、見た目だけでは見分けがほとんどつかないが、道の方が強気な性格で、堂は控え目。ポジションは道がショートで堂がセカンド。 元サッカー部らしく四岡の痛烈な打球を足で捌き、トリプルプレーに打ち取った。
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