遺伝子発現への影響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/31 15:54 UTC 版)
「短鎖散在反復配列」の記事における「遺伝子発現への影響」の解説
染色体構造の変化は、主に遺伝子と転写機構との接触機会を通じて遺伝子発現に影響する。染色体は、非常に複雑で階層的なシステムでゲノムを組織化している。ヒストンやメチル基、アセチル基、様々なタンパク質やRNAが、染色体上の様々な領域とポリメラーゼや転写因子その他の関連タンパク質との接触機会を様々に変化させる。さらに、さまざまなタンパク質や要素が仲介することで、染色体上の特定領域の構造と密度が、隣接する(もしくは離れている)領域の構造と密度に影響をおよぼす。SINEのようなノンコーディングRNAは、クロマチンの構造に関与することが知られており、したがって遺伝子発現を調節する上で大きな役割を持つことができる。同様に、ゲノムアーキテクチャの変更を通じて遺伝子発現の調節にも関与することがある。 実際に、Usmanova et al. 2008はSINEがクロマチンの再構成および構造において直接のシグナルとして働くことを示唆している。この論文では、マウスおよびヒト染色体におけるSINEのグローバル分布を調査すると、その分布が遺伝子およびCpG モチーフ(英語版)の分布と非常に類似していることが述べられている。SINEの分布は他のノンコーディング遺伝因子tioの分布よりも顕著に遺伝子の分布と類似しており、LINEの分布とも大きく異なる。このことは、SINEの分布がLINEにより媒介されるレトロトランスポジションによる単なる偶然ではなく、遺伝子調節に一定の役割を果たすことを示唆している。さらに、SINEは YY1ポリコームタンパク質に対応するモチーフを持つことが多い。YY1は、発達やシグナリングに関わる様々な遺伝子の転写抑制因子として働くジンクフィンガータンパク質である。YY1ポリコームタンパク質はヒストン脱アセチル化酵素およびヒストンアセチル基転移酵素の活性に影響すると考えられており、これによりクロマチン再構成が促され、しばしばヘテロクロマチン(遺伝子沈黙状態)の形成へとつながるとされる。したがって、クロマチン再構成を通じたポリコーム依存遺伝子群沈黙化において SINE が「シグナルブースター」として機能することが示唆される。弛緩しており転写機構が接触しやすいユークロマチンと緊密で転写機構が一般に接触できないヘテロクロマチンとの間の違いをもたらすのは様々な種類の相互作用の累積的な結果であるが、SINEはこの過程における一定の進化的役割を果したと考えられる。 クロマチン構造への影響の他にも、SINEが遺伝子発現に関与する機構はいくつも考えられている。たとえば、長いノンコーディングRNAが直接転写リプレッサーおよびアクチベーターと相互作用することによりその機能を減衰もしくは変更することがありえる。ほかにも、転写されたRNAが共調節因子として転写因子に直接結合する形や、転写因子に結合した共調節因子の働きを RNA が調節・変更するといった形の機構も考えられる。例えばEvf-2という長いノンコーディングRNAは複数の特定のホメオボックス転写因子の補助活性化因子として機能することが知られている。さらに、転写複合体の機能が、転写過程もしくはローディング過程において転写されたRNAがRNAポリメラーゼと結合もしくは相互作用することで干渉を受けることもありうる。加えて、SINEのようなノンコーディングRNAは遺伝子をコーディングするDNA2重鎖と直接結合もしくは相互作用することで転写を阻害することもありうる。 また、多くのノンコーディングRNAはタンパク質コード遺伝子の近くに分布し、その多くは逆方向である。この傾向はUsmanova et al.が指摘するとおりSINEで特に顕著である。これらの遺伝子群に隣接もしくは混在するノンコーディングRNAは、近傍の遺伝子の転写を促進もしくは抑制する可能性がある。上述した、YY1ポリコーム転写リプレッサーを活用する[訳語疑問点]SINEはその例である。他にも、転写複合体により近傍遺伝子の転写が妨害・阻止されることにより近傍遺伝子の発現が削減・調節される機構もありうる。この機構が多能性細胞における遺伝子発現の調節に特に見られることを示唆する研究が存在する。 結論として、SINEなどのノンコーディングRNAは、様々な方法により遺伝子発現に様々な規模の影響を与えうる。SINEは真核生物ゲノム全体の遺伝子発現を繊細に調節しうる複雑な調節ネットワークに深く組み込まれていると考えられている。
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